人形供養感謝祭
人形供養感謝祭
令和6年人形供養感謝祭の要綱
日時 令和6年3月1 日 午前10時 開式
会場 成田山仙台分院成田山会館2F大広間
人形供養感謝祭のきっかけ
宮城県では「OH!バンデス」という夕方に放送している長寿テレビ番組があります。
だいぶ前の話ですが、2004年11月10日『バンデスねっとわ〜く』に「人形供養してくれるところ」ということで、成田山仙台分院を取り上げていただいたことが人形供養感謝祭のきっかけになりました。
「OH!バンデス」番組の放送以降、番組をごらんいただいた多くの方々から問い合わせを頂戴しました。
また、大本山成田山仙台分院では今でも「人形供養のテレビを見たんだけど〜」という問い合わせがあります。
人形供養感謝祭いまもある番組の大きな影響力と反響に驚いています。
人形供養感謝祭そのように、テレビ局などマスコミとのご縁がある人形供養ですが、そのみなさまが持ってる供養と感謝の気持ちをもっと知って欲しいと思い、1000体のおひなさまを飾り、100人の園児を無料招待して『人形供養感謝祭』を行うことになりました。 その当時は、ここまでに発展するような行事になるとは思ってもみませんでしたが、これもテレビ局とマスコミ、お申し込みの方々とのご縁があってこそだと感謝しております。大本山成田山仙台分院では、これを忘れず、毎日毎時刻供養を一生懸命させていだいております。



人形供養感謝祭の趣旨

成田山は1000体のおひなさまと100人の園児を無料招待し「ひな人形供養感謝祭」を開催しました。大本山成田山仙台分院では、みなさまが大切にされているおひなさまたちを毎日丁寧に人形供養させていだだいております。
その人形への感謝の気持ちを、いろいろな人にも分かっていただきたいという趣旨から、今回、成田山仙台分院は100人の園児を無料招待させていただきました。
特に、大本山成田山仙台分院に供養を依頼される方は、子供の頃の思い出が詰まっている人形達を供養に出されることが多いようです。そのような幼い時の思い出を忘れないように、そして、大人になってもその気持ちをいつまでも持ち続けられるやさしい大人になって欲しいということから、園児を無料招待させていただいております。
大本山成田山仙台分院の人形供養に対する思いが、当日の法話として残っているので、一部抜粋します。 成田山のご法話人形供養感謝祭法話 「今日は、1000体のおひなさまを祭壇に飾り感謝の気持ちを込めて、ひな人形感謝祭を執り行います。このおひなさまは、南は九州、北は北海道から、成田山仙台分院へ寄せられたものです。もともと、紙や布で作った簡素な人形(ひとがた)に自分の厄や災いを背負ってもらい、川や海に流す事である「流しびな」が本来の姿であると言われています。それが平安時代の「ひいな遊び(人形遊び)」と結びつき、江戸時代の頃には川に流さずに飾るスタイルに変化したと言われています。子どもの身代わりとなり、事故や病気から守ってくれるようにという幸せを願う心がおひなさまにこめられているのです。 人形供養感謝祭 また、成田山では、保育園などでいっしょに遊んで古くなったおもちゃ等もあずかり供養します。供養をすることは感謝のこころを表現することなのです。「ありがとう」ということなのです。祭壇に祭られてる人形も、こころなしか笑顔で、喜んでいるような気がします。今日は、みなさんの優しい気持ちと思いやりを、お人形さんたちにお伝えしました。みなさんが大きくなるころには、今よりもっと物や資源などを大切にしなければならない時代になっているかもしれません。その時も、様々なものを、最後の最後まできちんと使っていただき、それでも手放さなくてはならなくなる時には、「ありがとう」というありがたい感謝の気持ちを忘れずにいてくださいね。」


人形供養感謝祭の概要
桃の節句に・・・華やかに気持ちを込めて
1000体のひな人形と100人の園児
大本山成田山仙台分院では、1000体のひな人形を祭壇に飾り感謝の気持ちを込めたひな祭りを執り行います。そこで、仙台市内の保育園児100名をひな祭りに招待します。


人形供養感謝祭の年間開催スケジュール

毎年、一般公開は2月下旬から3月上旬前後まで展示する予定です。
なお、1000体のおひなさまの感謝祭に参加される保育園、幼稚園を随時募集しておりますので、
くわしくはお気軽に下記の電話にて成田山仙台分院までお問い合わせください。
(費用負担等はありません。)
報道機関への人形供養感謝祭取材等のお申込について
報道機関への人形供養感謝祭御案内お問い合せ取材等のお申込について

報道機関各位 様
早春のみぎり、報道機関各位様には、ますますご清栄のことと存じます。 毎度、並々ならぬお引き立てをいただき、誠にありがとうございます。 大本山成田山仙台分院から報道機関各位様に、人形供養感謝祭に関するお問い合せ、取材のお申込等について御案内いたします。
桃の節句・・・思い出いっぱい
1000体のおひなさまと200人の園児による「ひな人形供養」感謝祭
大本山成田山仙台分院では、全国から寄せられたおひなさまを祭壇に飾り供養します。それら1000体のおひなさまに「ありがとう」を言うため、招待された約200人の園児が集います。未来を担う園児たちに「ありがとう」の感謝の心を育んでいただきたい思いから、成田山ではひな人形供養感謝祭をとりおこなっております。保育園児たちと成田山が、一緒になっておこなう感謝の心を込めた「ひな祭り」をどうぞご覧いただき取材されてください。 ひな人形供養感謝祭園児 <記>
日時 3月3日 10:00より
場所 大本山成田山仙台分院 2階大広間 供養祭参加の保育園児200名予定
(順不動)
愛子つぼみ保育園、長町自由の星保育園、マザーズ・サンプラザ保育園、春日町マザーズチャイルドセンター、バンビの森保育園、ぷらむ保育園、ちびっこランド保育園 ひな人形供養感謝祭園児 ひな人形供養感謝祭も含め行事に関するお問い合せ取材のお申込は下記まで
大本山成田山仙台分院 担当・玲樹れいじゅ
住所 〒980-0845宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉33-2
電話 022-225-8640 FAX 022-225-8655




人形供養感謝祭の報道
令和4年人形供養感謝祭の報道
河北新報 令和4年3月2日令和4年3月2日の河北新報(夕刊)に掲載されました。
ひな人形に感謝伝える(杜のひろば)

約2000体のひな人形が陳列されている感謝祭
おたき上げ前のひな人形を展示する感謝祭が、仙台市青葉区の成田山仙台分院で開かれている。12日まで。
人形は引っ越しや結婚で手放さざるを得なくなり、供養のために全国から持ち込まれた約2000体。通常の保管場所から移し、会館2階の大広間(90畳)の半分ほどのスペースに陳列されている。持ち主の手紙も閲覧可能で「子どもの成長を見守ってくれてありがとう」などとつづられている。
感謝祭は2009年から毎年この時期に実施されている。住職の国分玲樹さん(45)は「おたき上げ前に人形と再会し、子どもの頃を思い出して感謝する場にしてほしい」と話す。
展示は午前10時〜午後4時。火、水曜休館。入場無料。
以上 令和4年3月2日 河北新報より引用
令和4年3月3日のニュース内で放送されました。
1000体以上のひな人形展示

3月3日は「桃の節句」です。 仙台市内の寺では、供養のために全国から寄せられた1000体以上のひな人形が展示され、訪れた園児たちがひな祭りを楽しみました。
仙台市青葉区にある成田山仙台分院では、毎年、全国から寄せられたひな人形を供養のため、展示しています。
ことしも、使わなくなったひな人形が1000体以上寄せられました。
「桃の節句」の3日は、市内の保育園に通う3歳から5歳の園児たち、およそ60人が訪れました。
園児たちは、練習してきた「うれしいひな祭り」を元気いっぱい歌ったあと、一休さんにふんした寺の職員から「ひなあられ」を受け取っていました。
参加した女の子は「お人形さんがいっぱいでかわいかった」と話していました。
寺の住職の玲樹さんは「コロナでこういった状況の中でも園児たちに来てもらって、一緒に供養ができて、ありがたいです。ひな祭りを通して、健康で元気に成長してほしい」と話していました。
成田山仙台分院のひな人形は、3月12日まで火曜日と水曜日を除いて展示されています。
令和4年3月3日のニュース内で放送されました。
桃の節句にひな人形を供養 仙台・青葉区の成田山仙台分院 展示後にお焚き上げ
3月3日は桃の節句です。仙台市青葉区の寺では、保育園児も参加して役目を終えたひな人形の供養が行われました。
青葉区の成田山仙台分院に所狭しと並べられた1000体以上のひな人形。
引っ越しや遺品整理などで手放すことになり供養してほしいと、全国から寄せられたものです。
3日に行われた感謝祭では、市内2つの保育園の園児64人が、ひなまつりの歌を歌って役目を終えた人形に感謝の気持ちを伝えました。
園児「みんなでひな祭り見れてうれしかった。かわいいと思った」Q.お雛様に何て伝えたの?「ありがとうって」
ひな人形は12日まで展示された後、お焚き上げされます。






令和4年3月3日のニュース内で放送されました。
供養 桃の節句 ひな人形 園児が感謝の歌
こちらには、北は北海道、南は九州まで全国各地から寄せられたひな人形がずらっと並んでいます。その数、1000体以上あるということです。
青葉区の成田山仙台分院では、13年前からひな人形の供養を行っています。今日は、市内の保育園児およそ60人が参加し、ひな人形に感謝を込めた歌を届けました。供養のあと、子どもたちには、ひなあられが手渡されました。
園児「歌うの楽しかった」
ひな人形は、今月12日まで一般公開され、その後お焚き上げされます。






令和4年3月3日のニュース内で放送されました。
1000体以上のひな人形を供養 仙台
桃の節句の3日、仙台市内の寺では、全国から集められたひな人形を供養する感謝祭が行われました。
仙台市青葉区の成田山仙台分院では、毎年、桃の節句に合わせてひな人形の供養を行っています。祭壇には、引っ越しや結婚などを機に手放さざるをえなくなり、全国から持ち込まれたひな人形1000体以上が飾られました。3日は、仙台市内の園児64人が招かれ「うれしいひな祭り」を歌って、ひな人形に感謝の気持ちを伝えました。このあと、こどもたちには一休さんと和尚さんからひなあられが配られました。このひな人形は、成田山仙台分院で3月12日まで展示されることになっていて、その後、お焚き上げが行われるということです。






令和4年3月3日のニュース内で放送されました。
1000体以上のひな人形を供養 仙台
みんなで感謝の気持ちを伝えました。
感謝を伝えた園児「着物が金色とか紫だったりしててすごかった」
成田山仙台分院住職国分玲樹さん「コロナでこのような状態の中でも子どもたちが来ていただいて一緒にご供養をさせていただきましたので大変ありがたいなと思いながら、させていただきました」
ひな人形は今月12日まで展示された後、焚き上げて供養が行われます。






令和4年3月3日のニュース内で放送されました。

3月3日に取材いただき、その後、放送下さったようです。地域の話題、ニュースに力を入れておられ、フットワーク軽く取材下さいました。朝早くから最後までありがとうございました。
令和4年3月4日の毎日新聞に掲載されました。
園児ら歌ってひな人形供養 成田山仙台分院

全国から届いたひな人形の前で園児らに話す国分玲樹住職(左奥)=仙台市青葉区の成田山仙台分院で
桃の節句の3日、仙台市青葉区の成田山仙台分院で、古くなったひな人形を供養する感謝祭が行われ、市内の保育園の園児約60人が参加した。人形は12日まで展示した後、おたきあげされる。
分院には、全国から不要になった人形1000体以上が届き、感謝の手紙などと共に飾られている。園児らは人形に手を合わせた後、「うれしいひな祭り」の歌を披露した。
国分玲樹住職(45)は「ひな人形は子どもの健やかな成長を願ってつくられたもの。子どもたちには健康で元気に成長してほしい」と話す。鶴が岡マミーこども園の園児(6)は「おひなさまがいっぱいで数えきれなかった。歌を歌うのも楽しかった」と話した。
以上 令和4年3月4日 毎日新聞より引用
令和4年3月4日の読売新聞に掲載されました。
おひなさまに感謝 仙台、人形供養

全国から寄せられたひな人形を見つめる園児(3日、仙台市青葉区で)
桃の節句の3日、全国から供養のために寄せられた約1000体のひな人形が飾られている成田山仙台分院(仙台市青葉区)で、保育園児が人形に感謝を伝えた。
同院には、子どもの成長や引っ越しを機に手放すことになったひな人形が届き、供養の前に展示している。青葉区と泉区の保育園児計64人は人形に向かって手を合わせ、「うれしいひなまつり」を歌った。園児(6)は「上手に歌えて楽しかった」と話した。住職の国分玲樹さん(45)は「子どもたちが健やかに成長し、周りの人に感謝を忘れない大人になってほしい」と語った。
展示は19日まで。その後、おたき上げで供養される
以上 令和4年3月4日 読売新聞より引用
河北新報令和4年3月2日に掲載いただいたのを「石巻かほく」にも再掲載されました。
わだい@仙台圏 ひな人形に感謝の場

河北新報の三陸河北新報社が発行している石巻地域に一緒に入ってくる「石巻かほく」にも同様に載せていただきました。わざわざ、石巻市にお住まいの参拝者の方がもって来て知らせて下さいました。宮城県全域に入るわけではないので、仙台の私達は知りませんでした。記事は一緒なので、画像のみアップロードさせていただきます。
令和3年人形供養感謝祭の報道
河北新報令和3年3月2日令和3年3月2日の河北新報(夕刊)に掲載されました。
ひな人形に感謝込め(杜のひろば)

約2000体の人形が並ぶ感謝祭
仙台市青葉区の成田山仙台分院が、おたき上げのために持ち込まれた人形を展示する「ひな人形鋸震錫祭」を開いている。13日まで。
同院の大広間に、家庭で不要になった人形約2000体や、人形への思いなどをつづる依頼主の手紙を辰飛2009年から毎年開催し、東日本大震災から丸10年を迎える今年は、保管していた震災当時の手紙を中心に公開した。
吉葉区の会社長手嶋有価子さん(50)は示さい頃、姉妹3人で飾り付けをした思い出がある。ありがとうと思いながら、手を合わせた」と話した。
午前10時〜午後4時。火、水曜休み。見学無料。連絡先は同院022(225)8640
以上 令和3年3月2日 河北新報より引用
令和3年3月3日のニュース内で放送されました。
供養の人形で園児がひな祭り
桃の節句の3日、仙台市の寺に、供養のために全国から寄せられたおよそ2000体のひな人形が飾られ、訪れた保育園の園児たちがひな祭りを楽しみました。
仙台市青葉区にある成田山仙台分院では、家庭で使われなくなったひな人形を供養していて、ことしも全国から寄せられたおよそ2000体のひな人形が飾られています。
桃の節句の3日は、近くにある保育園の園児30人が訪れ、「うれしいひなまつり」を元気いっぱいに歌ったあと、人形に向かって「ありがとう」と言って感謝を伝えました。
ことしは東日本大震災の発生から10年になるため、震災からまもなく供養をお願いした人が人形への思いをつづった手紙も並べられています。
園児たちは、ひな人形といっしょに写真を撮影するなどしてひな祭りを楽しみました。
女の子は「ひな人形は全部かわいかったです」と話していました。
住職の玲樹さんは「これだけの数の人形に子どもたちも驚きながら楽しんでいたようです。子どもたちが来てくれて、人形もにっこりしていると思います」と話していました。
成田山仙台分院のひな人形は、今月13日まで火曜日と水曜日を除いて、展示されています。






令和3年3月3日のニュース内で放送されました。
2000体のひな人形 成田山仙台分院で供養
3月3日は桃の節句「ひな祭り」です。仙台市青葉区の寺には全国から供養のために寄せられた、2000体の「ひな人形」が飾られ、子供たちが感謝を込めて歌をうたいました。
伊藤瞳アナウンサー
「こちら、見渡す限りいっぱいのひな人形が並んでいます。合わせて、およそ2000体にも及ぶということです」
青葉区にある成田山仙台分院では、毎年、全国から寄せられる使われなくなったひな人形を寺の大広間に飾って供養しています。
3日は市内の保育園児およそ30人が、ひな人形に感謝をこめた「ひな祭り」の歌を届けました。
園児
「かわいかった」
園児
「いろんな形がある。大きいのとかまったく似てないのもある」
成田山仙台分院 国分玲樹 住職
「保育園の方がたくさん来ていただいて、おひなさまもにっこりしていると思います」
2000体のひな人形は3月13日まで展示され、その後、お焚き上げされるということです。






令和3年3月3日のニュース内で放送されました。
ひな人形を供養する感謝祭
3日は桃の節句、ひなまつりです。仙台市内の寺で全国各地から寄せられたひな人形を供養する感謝祭が行われました。
仙台市青葉区の成田山仙台分院には、全国各地から寄せられた約2000体のひな人形が祭壇に飾られています。3日は、桃の節句に合わせ、ひな人形を供養する感謝祭が行われ、保育園児約30人が招かれました。住職らによる読経のあと、園児たちは、歌を歌ってひな人形に感謝の気持ちを伝えました。成田山仙台分院には、3月13日までひな人形が展示されています。






令和3年3月6日の産経新聞に掲載されました。
人形手放した思い手紙に
東日本大震災から10年の節目を前に、人形供養で知られる大本山成田山仙台分院(仙台市青葉区)は、震災の影響でひな人形などを手放した被災者らの思いをつづった手紙を公開している。 同分院では全国から寄せられた人形を、供養後におたき上げしている。震災以降は宮城県内や福島県などの被災地から仮設住宅への転居などを理由に持ち込まれる数が増えており、手紙を添えるケースも多かったという。 同分院の大広間には、供養のために寄せられた1千体以上のひな人形を展示。震災のために人形を手放さざるを得なかった被災者らの手紙を、掲示やファイルの形で公開している。「仮住まいには全部の人形を持っていくことができなかった」などと無念な思いが記された手紙のほか、震災の犠牲者からもらった手作りのひな人形を持っているのがつらいといった内容の手紙もある。
大本山成田山仙台分院で公開されている被災者らの手紙に「気持ちに思いを寄せ、震災を振り返っていただきたい」と語る国分玲樹住職=5日、仙台市青葉区(石崎慶一撮影)
国分玲樹住職(44)は「人形には人と人の絆や自宅の被災、転居などへの思いが詰まっている。そうした気持ちに思いを寄せ、震災を振り返っていただきたい」と話している。
公開は13日まで。
以上 令和3年3月6日 産経新聞より引用

思いを寄せる国分玲樹住職

被災者の手紙
令和2年人形供養感謝祭の報道
令和2年人形供養感謝祭は新型コロナウィルス感染症予防のために緊急中止になりました。それでも取材いただきました報道機関の皆様に感謝申し上げます。 人形供養感謝祭 仙台放送 令和2年3月3日
人形供養感謝祭(令和2年)仙台放送
令和2年3月3日の仙台放送Live news イット!内で放送されました。
新型コロナ「ひな祭り」も対応分かれる 3月3日は「桃の節句」〈宮城〉
3月3日は「桃の節句」です。新型コロナウイルスの影響で宮城県内各地でひな祭りのイベント中止が相次ぐ中、感染防止に気を配りながら、ひな人形の展示が行われた所もありました。
記者リポート
「こちらでは毎年多くの保育園の園児たちがひな人形の供養を行っていますが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、今年は中止になったということです」
青葉区荒巻にある成田山仙台分院では、全国から集められた不要となった「ひな人形」、およそ2000体の供養が行われています。 例年は子供たちを招待して人形への感謝を伝える会が開かれていましたが、今年は中止となりました。
成田山仙台分院 国分玲樹 住職
「こういったこともあるものなので、それに負けずにまた来年は開催できるように頑張っていきたいと思います」
一方、太白区大野田では、古民家を使った市民グループによるひな人形の展示が開かれ、江戸時代に作られたひな人形やつるし飾りなど、およそ1000点が展示されました。
主催者側は、入場前のアルコール消毒やマスク着用など、新型コロナウイルス対策の徹底を呼びかけたということです。
来場者
「スタッフの方から、マスクを持ってない人は『手作りのマスクをどうぞ』と言ってもらったので、そこまでやっていただいてありがたいと思いました」




令和2年3月3日のNスタみやぎ内で放送されました。

3月3日は「桃の節句」です。仙台市内の寺院では、使わなくなった1000体以上のひな人形の供養が行われています。
青葉区の成田山仙台分院では毎年、全国各地から寄せられた1000体以上のひな人形を桃の節句に合わせて供養しています。供養には毎年、地元の保育園児が参加していましたが、2020年は新型コロナウィールス感染拡大の影響で中止となりました。
1000体以上のひな人形は、5日から3月9日まで一般の人も見ることができます。その後、お焚き上げをするということです。
令和2年3月4日の読売新聞に掲載されました。
供養待つおひな様 成田山分院、感謝祭中止

供養待つおひな様
成田山分院、感謝祭中止
成田山仙台分院(仙台市青葉区)で全国から供養のために送られてきたひな人形約1000体が飾られている。引っ越しや結婚などの事情で手放されたもので、9日まで展示され、その後、おたき上げされる。
3日は地元の園児らが参加して「ひな人形供養感謝祭」が行われる予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止となった。
住職の国分玲樹さん(43)は「子どもたちに見てもらうことが供養になっていただけに残念。おひな様の顔も心なしか寂しいように見える」と話した。
午前10時∼午後4時。水曜休み。参拝は無料。
以上 令和2年3月4日 読売新聞より引用


令和2年3月5日の河北新報に掲載されました。
ひな人形に感謝伝える (森のひろば)

所狭しと並んだひな人形
家庭で飾らなくなったひな人形を展示する「ひな人形供養」が仙台市青葉区の成田山仙台分院で開かれている。9日まで。
全国から持ち込まれ、供養を依頼された人形約2000体が祭壇や広間に、所狭しと並ぶ。依頼主らが人形を前に、感謝の気持ちを込めて手を合わせていた。
転居や子どもの成長に伴い、不用になったひな人形を多くの人に見てもらおうと、同院が2009年から毎年、開いている。
住職の国分玲樹さん(43)は「たくさんの立派なひな人形を見て、幼い頃の思い出を振り返ってもらえるとうれしい」と話す。
午前10時〜午後4時。火、水曜定休。
入場無料。連絡先は同院022(225)8640。
以上 令和2年3月5日 河北新報より引用
平成31年(令和元年)人形供養感謝祭の報道
人形供養感謝祭 読売新聞
人形供養感謝祭(平成31年)読売新聞掲載
平成31年3月5日(火)の読売新聞に掲載されました。
供養のひな人形 仙台で1000体展示

仙台市青葉区の成田山仙台分院で、供養を依頼された約1000体のひな人形が展示されている。ひな人形は、子供の成長や引越しなどを機に手放すことになったもので、全国各地から寄せられた。
会場では色鮮やかな衣装の人形と共に、「今まで守ってくれてありがとう」などと、送り主が感謝の気持ちをつづった手紙約240通も公開されている。
住職の国分玲樹山(42)は「持ち主の思い出がつまった立派なひな人形ばかり。たくさんの人に見てもらえればおひな様も喜ぶと思います」と話す。
以上平成31年3月5日、読売新聞より引用。
人形供養感謝祭(平成31年)朝日新聞掲載
平成31年3月2日(土)の朝日新聞に掲載されました。
ひな人形に囲まれてたよ 仙台で供養感謝祭

桃の節句を前に、成田山仙台分院で1日、「ひな人形供養感謝祭」が開かれた。全国から供養のために寄せられた1000体以上のひな人形がところ狭しと並べられた。今年で11回目。最近は「終活」や遺品整理で人形を手放す人が多いという。人形に添えられた手紙約240通も公開している。
この日は仙台市内の保育園児ら約230人が訪れ、ひな人形を指差したり、手に取ったり。八重樫明良君は「いっぱいいてびっくりした」。住職の国分玲樹さんは、「それぞれの気持ちを受け、大切に供養していく」と話した。
以上平成31年3月2日、朝日新聞より引用。
人形供養感謝祭(平成31年)河北新報掲載
平成31年3月3日(日)の河北新報に掲載されました。
おひなさまありがとう 成田山仙台分院で供養祭
全国から寄せられた約1000体のひな人形を供養する感謝祭が1日、仙台市青葉区の成田山仙台分院であり、市内8保育園の園児ら約270人が参加した。
持ち主の転居や結婚などで役目を終えたひな人形、保育園で子供たちが遊んだぬいぐるみ等を並べた。住職らは祈祷の後「人形への感謝の気持ちを忘れずにいてください」と語りかけた。
子供たちは全員で「うれしいひなまつり」を歌った。バンビの杜保育園(太白区)の大竹美聡ちゃんは「持っているパンダのぬいぐるみを大切にしようと思った」と話した。
同分院によると、東日本大震災や避難で手放した「被災びな」が多かったが、昨年から今年にかけて終活などで供養に出す人が増えたという。




以上平成31年3月3日、河北新報より引用。
人形供養感謝祭(平成31年)東北放送報道
3月1日(金)のNスタ宮城(東北放送)にて供養感謝祭の様子が放送されました。
桃の節句前に1,000体ひな人形供養
ずらりと並んだひな人形。仙台市青葉区の成田山仙台分院では、毎年全国から寄せられた1000体を超えるひな人形を供養しています。
結婚や引っ越しなどでやむを得なく人形を手放す際に、そのまま捨てることはできないということで、こうして全国から多くのひな人形が送られてきます。
今日は8つの保育園の園児約200人が「ひなまつり」の歌を歌い、ひな人形を供養しました。 園児たちからは、「赤とかいろんな色が混ざってかわいかった」「人形がたくさんあって、ちょっとびっくりした」などはじめてみる一面のひな人形に驚きながらも楽しげな様子でした。
本院の国分玲樹住職は、「最後の晴れ姿というわけではないですけれども、感謝の気持ちを込めてみていただくことがご供養になると思っております」とひな人形の供養についてお話頂きました。
なお、成田山仙台分院では、今月11月までひな人形の展示が行われ、その後お焚き上げをすることとしています。




以上平成31年3月1日、Nスタ宮城(東北放送)より引用。
平成30年人形供養感謝祭の報道
人形供養感謝祭 河北新報
人形供養感謝祭(平成30年)河北新報掲載
3月1日の河北新報に供養感謝祭が掲載されました。
おひなさま2000体の人形供養 東日本大震災、亡き人への思い…それぞれの感謝つづる

仙台市青葉区の成田山仙台分院で2000体のひな人形が供養の時を待っている。
人形を手放す理由は世相を映す。住宅事情の変化、東日本大震災、生前の身辺整理…。
3月3日は桃の節句。持ち主の手紙には思い出深い人形との別れ、家族への思い、さまざまな人間模様がつづられている。
「娘が誕生した時に、亡き父に購入してもらった大切なおひなさまです。現在狭いアパート暮らしで、この5年半の間、一度も飾ることができませんでした」
高度経済成長期に流行した七段飾り。住まいの狭さから人形を手放す人は多い。三人官女や五人ばやしだけを処分する人もいる。
「七段飾りを飾る元気もなく人形供養に出すことにしました。お内裏さまとおひなさまは玄関に飾り、娘たちも喜んでくれました」
震災後は供養の依頼が1.5倍に増えた。
「津波で全壊したわが家ですが、奇跡的にひな人形は無事でした。泥まみれでしたが、2人の娘を守ってくれたかのようでした」
「自宅が地滑りのため災害危険区域に指定され、集団移転の対象になりました。引っ越しのため、ひな人形は持って行けません」
震災から7年。「被災びな」に代わって目立つのが、生前に身辺を整理する「終活びな」だ。
「嫁いで初めておひなさまを飾ったとき、主人が『よく来てくださいました』と(言い)、一緒にうれし涙を流したのを思い出します。昨年、主人を亡くし、大阪に帰ることにしたので、おひなさまを手放します」
母親が認知症になった。実家の大掃除を始めた女性は、人形の日に焼けた服や、しみの出た顔を見て、過ぎた年月に思いをはせる。
「時間の流れは緩やかだけれど着実に、不可逆的に、ただ黙々と音も立てずに、全てのものに平等に注ぐものなのだと感じました」
娘の成長、人生の喜び、悲しみを見守ったひな人形は静かに役目を終える。
「娘の初節句に両親がプレゼントしてくれました。3人の子どもに恵まれましたが、離婚、乳がんを経験し波瀾(はらん)万丈の歳月でした。孫にも巡り合え、老後が目の前に迫っています。こんな私を支えてくれたおひなさまに心より感謝します」
国分玲樹(れいじゅ)住職は「人形をただ処分するのではない。感謝や思い出も合わせて供養するという根底は、時代が移ろいでも変わらない」と話した。

以上平成30年3月1日河北新報記事の引用
人形供養感謝祭(平成30年)朝日新聞掲載
3月4日の朝日新聞に供養感謝祭が掲載されました。
ありがとう ひな人形

3日はひな祭り。仙台市青葉区の成田山仙台分院では、「ひな人形供養感謝祭」が開かれている。供養のために全国から送られた1000体以上のひな人形を展示している。
今年で10回目。人形と一緒に寄せられた手紙も公開しており、「私が生まれた後すぐに、喜んだ父が買ってきたものです」「表情が大好きでした」などの思い出が記されている。
国分玲樹住職は、「一つ一つの人形に重いが詰まっている。最後に晴れ姿を見てもらうことで人形たちにとっても更なる供養になる」。人形は感謝祭の後に焚き上げるという。
祖父母と2人の妹と訪れた青葉区の小学4年、さやかちゃんは「家にも妹と私の3人分のひな人形があるけど、こんなにあるとびっくり。おひな様がキラキラしてる」とうれしそうだった。
人形供養感謝祭(平成30年)仙台経済新聞掲載
平成30年3月1日 仙台経済新聞に供養感謝祭が掲載されました。
成田山仙台分院でひな人形展示 人形供養に寄せられた1000体、依頼者の手紙も

仙台市青葉区の大本山成田山仙台分院(仙台市青葉区荒巻字青葉、TEL 022−225−8640)2階大広間で現在、全国から「人形供養」に寄せられた1000体以上のひな人形を展示している。
所有者が大切にしてきた人形を感謝の気持ちを込めて供養する「人形供養」を受け付けている同寺院。宮城・東北を中心に全国から年間を通して依頼が寄せられる。
日本人形やフランス人形、ぬいぐるみや民芸品など種類はさまざまで、桃の節句前後には、ひな人形の供養依頼が多くなるという
供養に寄せられるひな人形は、引っ越しや結婚などの事情で手放すケースが多く、男びなと女びなを抜いた、三人官女、五人ばやし以下の随臣や従者人形だけ送る依頼者も多いという。
東日本大震災以降は、震災後の片付け中に家の奥から出てきた古い人形や壊れた人形、仙台や福島を離れることになったため手放さざるを得なくなったものも多く寄せられた。
「ここ1年の傾向として、そうした『被災びな』はほとんど見かけなくなった」と同寺院の住職・国分玲樹さん。一方で「終活や生前整理、遺品整理として人形の供養をしてあげたいという人が増えているように感じる。そこには、ひな人形に込められている祖父母から孫へ、親から子へ受け継がれてきた温かな思いを、そのままごみとして扱えないという気持ちがある」と話す。
会場では、約50畳のスペースに1000体以上のひな人形を展示するほか、人形への感謝の気持ちや思い出などが記された依頼者からの手紙も紹介する。
「手紙を読むと、人形への供養の気持ちだけではなく、人と人のつながりの中に人形があることが分かる。特に震災以降の手紙に多く見ることができた。これらを多くの方に知ってもらうことは、お人形さんにとっても、お申し込みいただいた方にとってもさらなる供養になるのではないかと感じ、手紙の展示を始めた」と国分さん。
「お飾りして多くの方に見ていただくことが供養になると考えている。人形供養から垣間見える、親子の絆、家族のつながりを感じていただければ」と呼び掛ける。
人形供養感謝祭(平成30年)TBCラジオ放送
3月2日のTBCラジオにて放送されました。

TBCラジオ放送の「ロジャー大葉のラジオな気分」内で、生取材を受けました。冒頭では、「うれしいひな祭り」の合唱から始まりるなど和やかな雰囲気で放送が行われていました。
会場の様子熊谷アナ)明日は桃の節句ひな祭りですよね。ということで、現在ラジオカーは成田山仙台分院にやってきました。実は、2月2日、先月も節分の日にもお邪魔しましたが、およそ1ヶ月ぶり2度目の訪問です。
なぜ成田山に来たかといいますと、実は今日、こちら成田山の2階大広間で、現在、全国から人形供養に寄せられたおよそ1000体のひな人形が展示されています。
成田山人形供養が行われているということで、ちょうど二階大広間に居まして、目の前に圧巻の景色が広がっているんですよ。
人形供養祭について
熊谷アナ)先ほど一緒に歌っていただきましたのは、住職の玲樹さんです。こんにちは。
玲樹住職)こんにちは。
熊谷アナ)では、玲樹さん、こちらの人形供養祭について教えてもらってもいいでしょうか。
玲樹住職)はい。こちらのお部屋は100畳敷きなのですが、そのおよそ半分ほどにご供養に寄せられた1000体以上のおひな様をお飾りしておまつりしております。
熊谷アナ)こちらの1000体以上のおひな様は、全国からですよね。
玲樹住職)北は北海道から、南は九州から寄せられています。
熊谷アナ)やはり全国から実際に来られる方もいらっしゃいますか。
玲樹住職)そうですね。仙台、宮城県内はもちろんですが、東北各地から、そして遠方からご供養に出された方も来られたりします。
熊谷アナ)供養に出された方からの“感謝の手紙”というのも展示しておりまして、読んでみますと、やはりお人形さんとの思いであがって、「これまでどうもありがとう」ですとか、家族のつながり、人とのつながりを感じるような手紙がたくさんあるんですよね。

子供たちを招いてついて
熊谷アナ)こちら、今日の午前中に何かイベントが行われたんですよね。
玲樹住職)はい。子供たちが約300人以上来まして、一緒におひな様の人形供養感謝祭を開かせていただきました。
熊谷アナ)園児の皆様が集まって、先ほどの私たちのように、歌を歌ったわけですね。
玲樹住職)先ほどは一番まででしたけれども、4番まで、最後まで歌っていました。
熊谷アナ)こちら2階大広間に来ますと、圧巻の光景、1000体以上のひな人形が見れますので、ぜひ来ていただきたいですし、何より明日はひな祭りですから、女性の成長ですとか、良縁ですとか、健康などを祈りながら、家族との心のつながりなどを感じていただければなと思います。以上、成田山からでした。
この度は取材後、放送の録音と素敵なお手紙いただきました。 わざわざ送ってくださりありがとうございました。


人形供養感謝祭(平成30年)東北放送報道
3月2日のNスタ宮城(東北放送)にて供養感謝祭の様子が放送されました。
あすは「桃の節句」ひな人形供養
子供たちの目線の先はひな人形。その数、実に1000体以上にのぼります。青葉区の成田山仙台分院では、毎年全国各地から寄せられるひな人形を供養しています。
表情もきっとそこにある思い出もさまざまな雛人形たち。最近は生きている間の身辺整理として送られてくることが多いようです。 玲樹住職は、「家族の絆、そういったものが人形にはこめられていると思います。やはりそのまま捨てられないという形のものが多いものです」。
今日は、市内の保育園児300人余りが、住職らと共に手を亜w瀬、ひな人形を供養しました。参加した園児の一人は、「人形がいっぱい居たから楽しかった」とうれしそうなっ表情を浮かべていました。成田山仙台分院では、この1000体のひな人形を3月11日まで公開して、その後お焚き上げすることにしています。
北は北海道から、南は四国まで全国各地から寄せられて来るそうで。しっかり供養することも文化なのでしょう。




以上平成30年3月2日、Nスタ宮城の放送より引用
平成29年人形供養感謝祭の報道
人形供養感謝祭 河北新報3月5日の河北新報に供養感謝祭が掲載されました。
おひなさまありがとう 成田山仙台分院で供養祭

仙台市青葉区の成田山仙台分院で3日、ひな人形の供養感謝祭があった。
県内の保育園児ら約150人が参加し、子供の成人などを機に役目を終えた人形に感謝の気持ちをこめた。
園児は色鮮やかなひな人形を手に取り、「かわいい」、「持って帰りたい」などの歓声を上げた。
全員で「うれしいひな祭り」を合唱し、ひなあられが配られると、目を輝かせて喜んだ。
同分院では、12日まで、全国から寄せられたひな人形約1000体を展示。
人形への思いをしたためた持ち主の手紙も公開している。
平成28年人形供養感謝祭の報道
人形供養感謝祭 NHKテレビ
人形供養感謝祭(平成28年)NHKテレビニュース
平成28年3月3日木曜日のNHKテレビニュースで放送されました。
千体余りのひな人形でひな祭り
桃の節句の3日、仙台市の寺では供養のために全国から寄せられた1000体あまりのひな人形を飾って、招かれた子供たちがひな祭りを楽しみました。
仙台市青葉区にある成田山仙台分院では、毎年、家庭で使われて亡くなったひな人形を供養していて、今年も、全国から寄せられた1000体あまりのひな人形を祭壇に飾っています。3日は、地元の6つの保育園から約180人の子供たちを招いてひな祭りが開かれ、子供たちは、ひな祭りの歌をよく歌い、ひな人形に感謝の気持ちを伝えました。
続いて、寺の住職が、ひな人形はもともと、子供の身代わりとなって事故や病気から守ってくれるよう願いを込めて作られることを子供たちに説明しました。この後、一人ひとりに「ひなあられ」が配られ、子供たちがうれしそうに受け取っていました。参加した子供たちは、「楽しかったです」「家にあるひな人形を大切にしたいです」などとはなしていた。




人形供養感謝祭(平成28年)東北放送テレビニュース
平成28年3月3日木曜日の東北放送テレビニュースで放送されました。
2000体のひな人形を供養
3月3日は桃の節句のひな祭りです。仙台市内の寺では園児が参加して全国から寄せられた2000体近くのひな人形に感謝する行事が行われました。
本堂に並べられた2000体近くのひな人形。全国から寄せられたものです。青葉区の成田山仙台分院では招待された市内の園児約180人が見守る中、読経が上げられ人形が供養されました。園児たちは歌を歌いひな人形に感謝の気持ちをつたえました。
こちらの寺ではひな人形を3月13日まで飾り、その後少しずつ「お焚き上げ」をするということです。




人形供養感謝祭(平成28年)仙台放送テレビニュース
平成28年3月3日木曜日の仙台放送テレビニュースで放送されました。
桃の節句 仙台市青葉区の寺で園児がひな人形1000体以上供養
3月3日は「桃の節句」。今日、宮城県内各地で、ひな祭りにちなんだ催しが行われた。仙台市青葉区の寺では、園児たちを招いて1000体以上のひな人形の供養が行われた。
この寺では、以前から、ひな人形の供養を行っている。ひな人形は、表情や着物の模様も、1体ずつ違って、本当に華やかで、きれいだが、その数は、1,000対以上ある。北海道から九州まで、全国各地から、1000体以上のひな人形が寄せられている。最近では引越しなどをきっかけに供養するケースが多く、すべての人形は飾れないという理由から、三人官女や五人ばやしのみが届けられることも多いという。
3日は、県内6つの保育園から、およそ200人の園児が、ひな人形に感謝の気持ちを伝えるため集まった。目の前にずらりと並んだひな人形。ためしに数えてみる園児。数の多さに驚きながらも、子供たちは、病気などから守ってくれたひな人形にしっかりと手を合わせていた。
園児たちは、「可愛かった」、「(おひな様見てどう?)いっぱいだった。(どれくらいだと思う?)5億3000くらい」、「顔の大きいのとか、可愛いやつとか、きれい」などと話した。
集められた1000体以上のひな人形は、一般公開され、その後お焚き上げされるという。




人形供養感謝祭(平成28年)仙台放送テレビニュース
平成28年2月24日(水)、「みんなのニュース内の生活情報File」のコーナーで紹介されました。
飾らなくなった“ひな人形”...どうします??
3月3日は「桃の節句」。今どきの“ひな人形”事情について、特集されました。
ひな人形は、初節句を迎えた女児のための節句人形で、「一人一飾り」とされています。その由来は、災厄を”ヒトガタ”に託して流した“流しびな”が始まりといわれる。現在の形になったひな人形には子供の厄を代わりに受けてくれるという意味があり、子土も一人のための“お守り”であるため、一般的に使いまわすことはよくないこととされています。
ひな人形の中には、持ち主の結婚や高齢化といった手放さざるおえない状況におかれることがあります。その際に、自分で捨てることができ無いため、寺へ供養という形で送られています。
仙台市青葉区にある成田山仙台分院でも全国から供養のために多くのひな人形が届けられ、現在2000体近くあります。毎年、約300体が届けられ、供養を終えていない人形をこの展示しています。
人形の多くは、持ち主からの感謝の手紙と共に寄せられ、「楽しい思い出」「うれしい思い出」「親子のつながり」「家族の絆」などがおひな様とのつながりが大切なものであることが分かります。
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人形供養感謝祭(平成28年)東日本放送テレビニュース
平成28年3月3日木曜日の東日本放送テレビニュースで放送されました。
1000体のひな人形を園児が供養
3月3日は桃の節句、ひな祭りです。青葉区の寺では役目を終えたひな人形を保育園児が供養しました。所狭しと並べられたひな人形。その数およそ1000体です。これらのひな人形は供養のため全国から成田山仙台分院に送られてきました。
3日は仙台市内の6つの保育園からおよそ180人の園児が招待され、ひな人形の供養際が行われました。この行司は役目を終えたひな人形に感謝すると共に最後の晴れ姿を子供たちに見てもらって供養しようと2009年から行われています。
園児は「保育園にはこんなにいっぱいひな人形はない」かわいかったです」などと話していました。集められたひな人形は仙台分院でお焚き上げされるということです。




人形供養感謝祭(平成28年)毎日新聞掲載
3月4日の毎日新聞に供養感謝祭が掲載されました。
ひな人形感謝祭 園児200人見守る

(⇑ 展示されている1000体を超えるひな人形を前に笑顔を見せる園児ら)
桃の節句の3日、県内6保育園の園児役約200人が仙台市青葉区の成田山仙台分院を訪れ、供養のために集められた1000体以上のひな人形への感謝祭に参加した。人形は13日まで公開した後、お焚き上げされる。
ひな人形は全国の家庭などに飾られ、不要になったもの。東日本大震災で被災した人が新居に移るため寄せた人形や、人形への感謝の思いをつづった手紙を添えたものもある。玲樹住職は「ひな人形にはそれぞれ背景があり、特別な感情が詰まっているのだと思いながら供養している」と話す。
園児らもひな祭りの歌で感謝を表した。大崎市の木庭と保育園の二人の園児は、共に自宅には2段飾りがあるといい、「いろいろなおひな様が見られてよかった。数が多くてびっくりした」と声を弾ませていた。
以上平成28年3月1日毎日新聞記事の引用
人形供養感謝祭(平成28年)メディア掲載
3月4日の読売新聞に人形供養感謝祭が掲載されました。
思い出のひな人形ずらり2000体

桃の節句の3日、全国から届けられたひな人形が飾られた成田山仙台分院には大勢の人が訪れ、ひな祭りを楽しんだ。
約2000体のひな人形は、送り主が添えた約200通の手紙もあわせて公開されている。「母が防空壕で保管してくれたものです」「おかげさまで元気に過ごせました」など、人形にこめた思いがつづられている。住職の国分玲樹さんは「見てもらうことで人形も喜んでいます」と話す。
展示13日までで、その後焚き上げで供養される。
平成27年人形供養感謝祭の報道
人形供養感謝祭 東北放送
紙や布、わらで、人の形をかたどった
単なる年中行事としての桃の節句のひな飾りではなく、子供たちがそのような人形供養の一面を理解し、人形に対する感謝の気持ちを持つことで、物や人を粗末にせず大切にし感謝する大人に成長するのです。そのような大人に成長した子供たちが担う未来は、暖かく、そして光輝く幸せな世界になることでしょう。親が子供を見守るような愛情をもって、ひな人形の供養をする時、人形に対する感謝の気持ちが満ちあふれてきます。その感謝の気持ちが、親から子へ、子から孫へと代々引き継がれてこそ、この世が平安に満ちた世界になるのです。
人形供養感謝祭(平成27年)東北放送テレビ供養感謝祭が平成27年3月3日(火)のTBSテレビの「Nスタ」で放映されました。
人形供養感謝祭で収録したものが平成27年5月15日(金)のTBSテレビの「中居 正広の金曜日のスマたち」で放映されました。
下記が放映された内容になります。

成田山仙台分院では保育園児が参加しひな人形供養が行われました。
この寺では家庭で使われなくなったおひなさまが全国からよせられて桃の節句にあわせて毎年飾って供養しています。
今日が読経があげられ人形供養したあと市内の保育園児200人がひな祭りの歌を合唱しました。
おひなさまには子供たちの身代わりに厄を背負ってもらい幸せを願う思いが込められているといわれていて、保育園児たちはおひなさまに感謝の気持ちを伝えていました。
保育園児「こんなに一杯おひなさまがいて楽しかったです。」
保育園児「なんか有難い気持ちだった。」
おひなさまは今月11日まで飾られ、その後お焚き上げされます。








⇒ 成田山より
成田山仙台分院の人形供養感謝祭で市内の保育園児200人から元気一杯にいっせいに「ありがとう」の感謝の言葉をかけられて、おひなさまたちも心なしか微笑んでいるようでした。保育園児たちには、人形からはじまって、物に対して、そして両親、家族など周囲の人たちに対しての感謝の心が、すくすくと育つことでしょう。成田山仙台分院の人形供養感謝祭には、単に人形供養することだけではなく、未来を支えるだろう子供たちの感謝をする心の成長という大きな目的もあるのです。人形供養感謝祭当日の会場は、たいへん込み合って、テレビカメラ三脚を設置するスペースもないなか、東北放送テレビのスタッフの皆様には、御苦労されて、保育園児たちの感謝の気持ちがこもった、人形供養感謝祭をテレビ放送していただき、職員一同感謝の気持ちで一杯です。きっと保育園児たちやその家族の皆さんも、テレビ放映に釘づけになり感動したことでしょう。今回もありがとうございました。そしてお疲れさまでした。 合掌
成田山仙台分院の、雛人形供養感謝祭に宮城テレビのレポーター、カメラマン、カメラアシスタントの方々が取材に訪れてくださいました。感謝祭会場の2000体以上のお雛さま、明るく活発な保育園児たち、当院の僧侶による人形供養の読経の様子、個別の保育園児へのインタビューなど余すところなく収録されてテレビ放送していただきました。レポーターさんも、足の踏み場もないほどの感謝祭会場でのインタビューで、御苦労されたこととお察しいたします。カメラマンさん、カメラアシスタントさんも、狭いなかでの撮影、大変お疲れさまでした。インタビューに際して、保育園児は、臆することなく、明るく、はきはきと答えていました。私たちの幼少時代に比べると、今の子供たちのほうがインタビューに応えることに慣れているのですね。このようなテレビ収録の場で、新しい発見をしたような気がします。宮城テレビのレポーターさんのインタビュー終了後、保育園児たちは、不動明王坐像前での記念写真撮影のために、供養感謝祭会場から屋上展望台へと移動しました。普段の保育園の先生方の指導が行き届いていて整然と保育園児たちは移動できました。ただ不動明王坐像前でだけはお不動さまの怖い顔のせいなのか、記念写真撮影のためになかなか整列できない園児も見うけられました。保育園の先生方は愛用のカメラで、指図しながら、園児たちを懸命に撮っていました。保育園児たちも先生に、お得意のスマイルフェースで応えていました。そしてお昼ごはんの会場に移動したのですが、それからがまた大変、お昼ごはん前にトイレに行きたい保育園児たちが多くトイレの前に列ができてしまいました。なんとか全員が無事にトイレを済ませ、「いただきます」の元気な声でいっせいにお弁当をひろげてお母さんの愛情弁当をほおばっていました。保育園児たちのお昼ごはんの時間中、先生方は食事もせずに園児たちを見守っていました。先生方は保育園に帰ってからお昼をいただくのでしょう。先生方大変おつかれさまでした。
人形供養感謝祭(平成27年)宮城テレビ
平成27年3月3日(火)の宮城テレビで放映されました。
3月3日は桃の節句。
青葉区川内の成田山仙台分院では、役目を終えた雛人形の供養が行われました。
今年は全国から約2000体の雛人形が寄せられ、園児たちが集まって感謝祭が開かれました。
雛人形は3月11日まで展示された後、お焚き上げが行われます。
















⇒ 成田山より
人形供養感謝祭で、あどけない保育園児が物怖じせず快活にインタビューを受けていたのが大変印象的でした。きっと帰宅したら、おじいちゃん、おばあちゃんや両親に感謝祭でのこと、インタビューを受けたこと、などを得意になって話すのでしょう。テレビを見ながらの明るく賑やかな家族団らんの様子が思い浮かびます。人形にたいする感謝の気持ちを通して、保育園児たちには、幼少時代のかけがえのない思い出の一つになったことと思います。子供たちの健やかなこれからの成長を祈ります。 合掌
人形供養感謝祭(平成27年)仙台放送テレビ
平成27年3月3日(火)の仙台放送テレビで供養感謝祭が放映されました。
2000体のひな人形に「ありがとう」
「わー、すごい」と子どもたちが驚いたのは、ずらりと並べられたおひなさま。
青葉区の成田山分院では、以前から人形の供養を受け付けています。
震災直後は、被災したひな人形が数多く寄せられましたが、最近では、遺品の整理などで供養をしてほしいという依頼が増えているといいます。
その数はなんと約2千体です。
3日は、仙台市内の保育園児200人が集まり、2000体のひな人形に感謝の言葉を送りました。
女の子は、「私のはお内裏さまとおひなさまで、音が鳴る系で、大事にしようと思います。」と話しました。
全国から寄せられた2000体のひな人形は、11日まで一般公開され、その後、お焚き上げされるということです。




















rArr; 成田山より
人形供養感謝祭で屈託のなく明るい保育園児たちを前にして心が癒されるのは私達ばかりではないのです。震災の心の傷まで保育園児たちが癒してくれそうな気がします。被災地を取材してきて被災者の心の痛手を痛感してきた報道各社取材陣の方々も同じような気持ちで保育園児たちの明るい様子を被災者の方々にも伝えたい一心なのです。ひたすら真剣な取材姿勢に、報道に取り組む者の使命感を感じさせられます。今、心に深い傷を負った被災者の方々に必要なのは、ありきたりの慰めではなく、屈託のなく明るい保育園児たちのかわいらしい動作、あどけない表情による心の癒しなのではないでしょうか。子供は宝です。人形供養感謝祭に集ってくれた幼い保育園児たちのこれからの幸せと、被災者の方々の一日でもはやい心の復活を祈願します。 合掌
人形供養感謝祭にNHK仙台のテレビ取材のスタッフの方々が訪れました。テレビ放送では、住職の「雛人形は、子供の身代わりになってくれるように丹精をこめられて作られています。」との説明が放映されました。そして保育園児たち、先生をはじめ参列者全員で「うれしい雛祭り」をうたいました。子供たちの元気一杯な歌声に1000体を超す雛人形たちも喜んでいる様子でした。大勢の参列者のために会場内にインタビューの場所がとれないので、人形供養感謝祭会場の廊下での保育園児へのインタビューとなりました。保育園児は、はっきり、はきはきとインタビューに応えていました。
人形供養感謝祭(平成27年)NHKテレビ
平成27年3月3日(火)のNHKテレビで放映されました。
NHKテレビニュースで放映された内容
仙台市青葉区にある成田山仙台分院では、家庭で使われなくなって供養のために全国から届けられた雛人形を、桃の節句に合わせて祭壇に飾っています。
今日は、地元のの8つの保育園の園児、およそ200人が1000体を超える雛人形とともに雛祭りを楽しみました。
寺の住職が雛人形は子どもの身代わりとなって事故や病気から守ってくれるよう願いを込めて作られることを説明しました。
そして園児たちは、大きな声で「うれしい雛祭り」を歌いました。
「みんなで大きな声で雛祭りの歌を歌ってうれしかった。」(女の子)
雛人形は、今月11日まで、火曜日を除いて、一般に公開されています。
NHKのホームページの掲載内容
3月3日 12時13分
桃の節句の3日、仙台市の寺では、家庭で使われなくなって供養のために届けられた1000体を超える雛人形が飾られ、地元の子どもたちを招いた雛祭りが行われました。
仙台市青葉区にある成田山仙台分院では、家庭で使われなくなって供養のために全国から届けられた雛人形を、桃の節句に合わせて祭壇に飾っています。
3日は、地元の8つの保育園の園児、およそ200人が訪れ、1000体を超える雛人形とともに雛祭りを楽しみました。
はじめに寺の住職が雛人形はもともと、子どもの身代わりとなって事故や病気から守ってくれるよう願いを込めて作られることを説明しました。
そして園児たちは、大きな声で「うれしい雛祭り」を歌ったあと、子どもの成長を見守ってきた人形に向って、「ありがとう」とお礼をしました。
このあと寺の人から「雛あられ」が配られ、子どもたちはううれしそうに受け取っていました。
雛祭りに参加した6歳の女の子は、「みんなで大きな声で雛祭りの歌を歌って楽しかったです」と話していました。
成田山仙台分院の雛人形は、今月11日まで、火曜日を除いて、一般に公開されています。
















⇒ 成田山より
普通、お雛様は、妻の両親が孫である女の子の幸せを願って準備し飾ります。お雛様には祖父母の孫への、かけがいのない愛情がいっぱいに詰まっているのです。そのお雛様に、感謝の気持ちをこめて供養することは、そのかけがいのない愛情に、こたえることに他ならないのです。祖父母や両親の愛情に感謝し、人形に感謝の気持ちを伝えるのが人形供養感謝祭なのです。その人形たちとの縁で家族の幸せがもたらされることはすばらしいことなのです。 合掌
年間で一番寒い中を読売新聞の記者さんが取材に訪れてくださいました。住職が対応して、成田山仙台分院の人形供養の始まりからの経緯と、人形供養感謝祭について説明いたしました。読売新聞の記事には、住職が約2000体のひな人形に囲まれている写真が掲載されていました。記者さんも感慨深げに、おひなさまたちを眺め、カメラのシャッターをきっていました。公開している約200通の人形供養感謝の手紙も、じっくりと時間をかけられてごらんになられました。それぞれのおひなさまには、それぞれに違ったドラマや思い出が詰まっているのです。人には、だれにでも幼少のころの懐かしい想い出があります。今は亡き祖父母にひな人形をそろえてもらって、家族そろってひな段を飾った桃の節句の一家団欒のひと時などは、とくに記憶に残っています。いまは亡き祖父におひなさまをプレゼントしてもらい、「うれしいひな祭り」を元気に歌っていた幼少の頃の私の娘たちの姿が思い出されます。娘も大人になり結婚して息子(私にとっては孫)ができ、マンション住まいになって、ひな段を飾るスペースがなくなったので、成田山仙台分院の住職に人形供養をしていただきました。そのひな人形も人形供養感謝祭の期間中に日本の文化に興味のある海外からの留学生の手でひな段に飾られて、ひな祭りをされて、大変幸せだと確信しています。
人形供養感謝祭(平成27年)読売新聞掲載
人形供養感謝祭平成27年2月20日(金曜日)の読売新聞へ掲載されました。
思い出の2000体…成田山仙台分院

桃の節句を前に、仙台市青葉区の成田山仙台分院で、供養を依頼された約2000体のひな人形が展示されている。
左写真・・供養のため全国から送られたひな人形(仙台市青葉区で)
子どもが成長して不用になるなどした人形が毎年、全国から送られてくる。送り主の手紙約200通も公開されており、「今まで支えてくれてありがとう」などとつづられている。
展示は3月11日まで。火曜休み。人形はその後、おたき上げされる。住職の国分玲樹さん(38)は「幼い頃の思い出と重ね合わせて見てもらえたら」と話している。




⇒ 成田山より
成田山仙台分院は仙台市の青葉山に位置し、その標高差で街中に比べて2度くらい気温が低いのです。読売新聞の記者さまには、そのような寒い中を取材におこしいただき大変ありがとうございました。成田山仙台分院で人形供養を始めて、ずいぶんと年月が経過しました。その間に東日本大震災があり、東日本全体が大きい地震に揺さぶられ、東北地方の太平洋沿岸は巨大津波に襲われました。千年に一度という未曾有の大震災で成田山仙台分院も被災しました。寺務所の棚やサイドボード、書架が倒れ、割れたガラスが飛散して手の施しようのない状況でした。なんとか平常の寺院業務に戻るのに一週間程度費やしました。ガソリンなどの燃料が枯渇し仙台市内では車の往来がなく、町全体がひっそりとしていました。そんな中、人形供養感謝の手紙が投函日から5日で届いたのです。私たちが燃料切れで車の使えない中、郵便物を大きな遅れなく配達してくれたのは、さすが日本郵便だと感心しました。そのときは日本郵便だから燃料の備蓄が豊富なのだろうというくらいにしか思っていませんでした。しかし後でわかったことなのですが、仙台中央郵便局では局の配達自動車のガソリンタンクから、燃料を燃費のよいバイクである郵政カブに詰め替えて通常通り配達したそうです。本当に感謝のひと言です。 合掌
人形供養感謝祭を一週間後に控え、立春がすぎたとはいえ寒さが厳しい折、朝日新聞の記者さんが取材においでくださいました。まずは、新聞報道取材用の大型一眼レフカメラで写真撮影をされていました。人形供養感謝祭の会場になる大広間に展示した1000体の雛人形をワイドで撮られていたかと思えば、お雛さまに近づき接写されていました。その後、住職が震災直後から最近までの人形供養の動向を詳細に説明いたしました。記者さんは東日本大震災当時から震災の取材もされてこられたのでしょう、熱心に住職の説明に耳を傾け、質問されておられました。そして、綴じてある人形供養感謝の手紙を手に取られ、特に東日本大震災関連の手紙を長い時間をかけて食い入るようにしてごらんになられ、メモをとられました。
人形供養感謝祭 平成27年2月23日 朝日新聞掲載人形供養感謝祭お雛さま千体を展示 成田山仙台分院

人形の供養をしている成田山仙台分院(仙台市青葉区)で、「雛人形供養感謝祭」が開かれている。雛祭りを前に、供養のために全国から寄せられた千体以上の雛人形を公開している。3月11日まで。
左写真・・全国から寄せられた雛人形。1日に20〜30体が届くという=仙台市青葉区
今年で7回目だが、震災以降、1年間に寄せられる人形は1.5倍ほどになった。
震災直後は泥をかぶるなどした「被災びな」が多かったが、近年は「終活」や「生前整理」などで供養を望む人が増えているという。住職の国分玲樹(れいじゅ)さん(38)は「震災がきっかけで、自分が亡くなった後のことを考え、お世話になった人形を早めに供養しているのでは」と話す。
感謝祭では、人形に添えられていた手紙も展示されている。太白区の女性の手紙には「自宅が震災で災害危険区域に指定され、集合住宅に引っ越さなければならない。大きな雛人形は持って行くことができないので供養をお願いします」と書かれていた




⇒ 成田山より
報道機関各位におかれましては、成田山仙台分院の広報活動への多大なる御協力大変ありがとうございます。この3月で東日本大震災から、はや4年になりますが、被災し肉親を亡くした方々には大震災が起きた平成23年3月11日で時間が止まっている状況ではないでしょうか。肉親を亡くした心の深い痛手が癒え、心が復元し、震災以前の日常を取戻されるまでには、まだまだ時間がかかるでしょう。1000体のお雛さまを展示した人形供養会場には、被災後の住宅事情によって持ち込まれたお雛さまも数多いのです。被災され、人形供養を依頼するため成田山に雛人形を持ち込まれた方に、1000体のお雛さまをごらんいただいて、「この中に被災者から持ち込まれたお雛さまも沢山あるのですよ。」と説明したら、「辛いのは私達ばかりではないのね。」と被災した心の痛みを共有することで励みになり、いくらか癒されたご様子でした。このような時代だからこそ、共に痛みを分かちあい、励ましあうことで互いに一歩一歩わずかでも前に前進できるのです。これこそ仏の深い慈悲と慈愛なのです。 合掌
平成26年人形供養感謝祭の報道
人形供養感謝祭 読売新聞(仙台)
暦の上では春といえど、まだ寒さが厳しいなか、読売新聞東北総局の女性記者さんが人形供養感謝祭の取材に成田山仙台分院に訪れました。副住職と成田山巫女が取材に対応しました。記者さん、副住職、成田山巫女も同じ女性ということで、供養感謝祭の準備が整いつつある会場での取材は、女子会のように大変に盛り上がりました。女性記者さんはできるだけ良いアングルでの副住職と成田山巫女、供養されるおひなさまたちの新聞掲載写真にしようと、腹ばいになられて一生懸命に低い位置から撮影されていました。。
ほんとうに、女性でもプロの新聞記者というのははすごいものだなー、とたいへんに感心させられました。普通、デジタルカメラで写真撮影する場合、私たち素人は畳の上の毛氈に展示されたおひなさまを撮る場合、液晶モニターを見ながらカメラを下に降ろして撮影するのですが、プロはプロ用大型デジタル一眼レフカメラで液晶モニターが付いていても、ファインダーを覗きながら窮屈な姿勢でもしっかり撮影するのですね。あとで知ったことですが、液晶モニターを見ながらカメラを下に降ろして撮影するとカメラがきちんと固定されずにブレるそうです。窮屈な姿勢での撮影にはやはりカメラを固定するという理由があったのです
人形供養が平成26年2月11日読売新聞(仙台)へ掲載されました。供養前 おひなさま 1000体展示

桃の節句の3月3日を前に、供養のため届けられたおひなさま約1000体が、仙台市青葉区の成田山仙台分院で展示されている。
人形は毎年、全国から送られてくるが、今年は昨年の約1.5倍と多い。
震災直後は津波をかぶったおひなさまが多かったが、最近は原発事故の影響で、自宅が帰宅困難区域などに指定された被災者が移住先にはおひなさまを置けず、送ってくるケースが増えているという。
おひなさまの展示は今年で3回目となる。
人形供養感謝祭送り主の人形への思いがこもった手紙約180通も公開しており、「50年来大切にしてきたひな人形ですが、新しい家に持って行くことが出来ません」などとつづられている。 副住職の国分玲樹酸(37)は「震災で泣く泣く引っ越しを余儀なくされた人からの手紙に胸が詰まる思いです。」と話す。
展示は3月12日まで。
平成26年2月11日読売新聞(仙台)より
千年に一度といわれる未曾有の大災害である東日本大震災から、もう3年目になりますが、徐々にですが被災地の復興が進んではいるようです。それでも東日本大震災の予想がつかなかった波高が10メートル以上といわれる非常に高いエネルギーの強大な大津波による行方不明者は2,584人(警視庁調)もいらっしゃいます。私達、仏につかえる者として行方不明者の方々のご冥福を祈らずにはおられません。被災された方々が、成田山に持ち込まれたり、送られてきた人形やぬいぐるみには、励まされたり、楽しく遊んだ思い出がそれぞれに一杯詰まっています。いまだに仮設住宅で、すごされている被災者の方々や、大地震と大津波による原発事故で、原発が近いので自宅に帰れない方々の辛いお気持ちや不自由な暮らしむきは察するに余りあります。東日本大震災により生活環境の変化で身心ともに耐え切れずに震災関連死で亡くなられた方もたくさんいらっしゃいます。建造物や交通機関を含めたインフラの整備復興ばかりでなく、被災者の心の復活ともいえるケアを官民問わずに推進することが、ますます大切だと思います。被災者の方々に、一日でもはやく明日への希望という光明がさす事をいのります。 合掌
産経新聞(宮城)から、東日本大震災関連記事「被災地を歩く」の取材をうけました。震災後に、供養のため持ち込まれたり送られたりしたお雛さまやぬいぐるみへの、感謝の気持ちを綴った供養感謝の手紙に、産経新聞の記者さんは、大いに感心をもたれた様子でした。成田山仙台分院では、供養感謝の手紙を、個人情報や個人を特定する文章を削除して、公開しています。月日の経つのは速いもので、東日本大震災から3年たって、時の流れのなかで、その記憶は徐々に風化しつつあります。記者さんたちのように、その記憶を風化させないように、新聞記事にして記憶を呼び起こすことも大切です。東日本大震災により宮城県では大地震と、それに伴う大津波によって甚大な被害がでました。仙台メディアテーク内には「3がつ11にちをわすれないためにセンター」がありボランティアにより、東日本大震災関連の映像、写真、体験談、新聞などの報道記事などの保存に努めています。成田山仙台分院も、供養感謝の手紙を行く末まで大切に保存して、東日本大震災の記憶が風化されないようにつとめていきます。
人形供養が平成26年2月15日産経新聞(宮城)に掲載されました。被災地を歩く

東北の冬は厳しさを増す一方だが、暦の上ではもう立春。
11日、仙台市太白区のあすと長町仮設住宅の集会所では、ボランティア団体の協力で7段の色鮮やかなお雛さまが飾られた。
7段のひな壇を飾るには2畳程度の広さが必要。
寝るのが精いっぱいの広さという仮設住宅の中には、とても置けない大きさだ。
それだけに被災者の喜びも大きく自治会長の○○さんは「おばあちゃんたちが楽しそうに飾っていた。娘の頃を思い出して、懐かしいんじゃないかな。」と笑う。
人形供養で有名な仙台市青葉区の大本山成田山仙台分院では8日から、全国から集まった千体を超す雛人形を、依頼主の手紙とともに公開している。
被災地からの手紙には「自宅が全壊し、狭い仮設住宅には持っていけない」などと記され、震災後の住まいの事情で手放さざるを得なかった背景がうかがえる
昨年12月に福島県相馬市から寄せられた人形には「震災で家の屋根が壊れ、ハクビシンが天袋の中に入り込み、大切にしておいた人形すべてがもみくちゃにされてしまった」との手紙が添えられていた。
「家族みんなが生まれた娘のためにわざわざ東京まで行って買ってきてくれたかわいい人形でした。」と、綺麗な文字で書かれた文面からは、子供の成長を見守ってきた人形への深い愛が伝わってくる。
被災者の一刻の早い住まいの再建を願い、お雛さまがまた多くの家庭で見られる日が来るよう、祈っている。
以上平成26年2月15日産経新聞(宮城)記事の引用
あすと長町仮設住宅にお住まいの東日本大震災被災者の皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。人は、大震災などの災害のあとに、失われた日常に気付きます。大津波で流されたり、大地震で全壊してしまった震災前に住んでいた自宅とちがって、仮設住宅は狭くて大変不自由な思いをされていることでしょう。震災前は桃の節句ともなるとお雛さまを日常眺めていらしたことと存じます。今回、ボランティア団体の協力で、仮設住宅にお住まいの被災者の皆様が、雛壇にめぐりあえた喜びはかえがたいものです。日常の生活に戻れることが、本当の意味での復興なのです。被災された皆様が一日でも早く日常の生活に戻れますことをお祈りいたします。立春とはいえ春まだ遠く寒さが厳しい折、皆様には健康に気遣い御自愛くださいませ。 合掌
東北放送(TBC)ラジオの番組「ロジャー大葉のラジオな気分」の取材でスタッフの方々が、成田山仙台分院に来山され、人形供養感謝祭の会場になる大広間で収録されました。東日本大震災から今月でちょうど3年が経過します。東北放送さんでも、震災当時は取材に明け暮れて大変だったそうです。まず沿岸部は大津波によるがれきの山で、取材車両が前に進むことも出来ない状況でした。その中で地元放送局として、被災された方々に的確で正確な情報を伝えようと、最悪の条件下で取材されました。そのような御苦労があったので、取材スタッフの方々は東日本大震災の被災者からの人形供養感謝の手紙に釘付けになられ、手紙をじっくりとごらんになられました。
人形供養 東北放送ラジオ平成26年東北放送ラジオに取り上げられました。
TBCラジオ 平成26年3月3日放送 「ロジャー大葉のラジオな気分」でひな人形供養感謝祭が放送されました。




以下が放送内容の概要です。
青葉区の成田山仙台分院の2階大広間におじゃましています。
大広間は150畳ありライブでも開催できるぐらいに広々としています。
そのうち50畳に1000体以上のおひなさまが祭られています。
人形供養に持ち込まれたおひなさまです。
ひな人形は2月8日〜3月12日まで火曜日を除いて公開されています。
それに供養依頼者からの感謝の手紙の展示もされています。
その中には東日本大震災の関連が多いようです。
一部ご紹介します。
仙台市太白区の方から
震災で地すべりに遭い災害危険区域に指定され引越しを余儀なくされています。
引越し先におひな様を飾るスペースが無いために、ひな人形供養をお願いします。
とのことです。もうひとかたご紹介します。
このかたはいわき市の方で震災に遭い自宅が全壊したため仮設住宅で過ごされ、おひなさまを飾れないため、供養を依頼されたようです。
ここで副住職の玲樹さんからお話しを頂きます。
- アナウンサー:ひな人形のお焚き上げはいつ行われるのでしょうか?
- 副住職:ひな人形感謝祭会期の3月12日以降に少しづつお焚き上げをしていきます。
- アナウンサー:人形供養の扱い量についてお聞かせください。
- 副住職:震災の関係も有り今年は去年の1.5倍くらいに増えています。
- アナウンサー:人形供養はいつ受付してえもらえますか。
- 副住職:供養は毎日受け付けております。ひな人形感謝祭で皆様にごらん頂くことが何よりの供養となり、おひなさまも喜んでいると思います。
後日、「ロジャー大葉のラジオな気分」スタッフ一同様からご丁寧なお礼のお手紙まで拝受しその中には放送を収録したCDまではいっていました。ありがとうございました。「ロジャー大葉のラジオな気分」スタッフ一同様の御活躍をお祈りいたします。 ⇒ 成田山から
東日本大震災から3年経過して、すこしづつ落ち着きを取戻しているように、お見受けできます。成田山仙台分院の人形供養が前年比1.5倍に増えたのも、ご家庭での震災のあと片付けが進んでいる表れかと思われます。震災で犠牲になられた方々はもどられませんが、のこされた者たちが震災前の日常を取戻し、犠牲になられた方々の冥福を祈り供養することが、なによりの故人への手向けとなることでしょう。成田山仙台分院では、人形供養のみならず追善供養も厳修いたしております。 合掌
成田山仙台分院では、今年も例年通り、桃の節句に保育園児を招待して、人形供養感謝祭を執り行いました。保育園児たちは、華やかな1000体のお雛さまを前にして大喜びでした。全員で「うれしい雛祭り」を歌い、おひなさまに感謝の気持ちをこめて「ありがとう」と言いました。その後、和尚さん、一休さんに扮した職員から一人一人雛あられを渡され、満面の笑顔で、はしゃぎながら受け取っていました。相当嬉しかったのでしょうね。人形供養感謝祭が終了してから、不動明王大仏の鎮座する屋上展望台で記念写真を撮影しました。写真撮影終了後に、この日のためにお母さんの作ってくれた
平成26年NHK仙台に取り上げられました。
NHK仙台 平成26年3月3日昼のニュースで雛人形供養感謝祭が放送されました。
3月3日朝にNHK仙台放送局の放送部記者さまが成田山仙台分院で取材され、その日の昼のニュースで放送されました。
放送部のスタッフの方々の対応の迅速さは、さすがだと、たいへん感心しました。
千体のお雛さまに園児が感謝
3月3日 12時45分
桃の節句の3日、仙台市内の寺で、供養のために全国から届けられた1000体あまりのお雛さまを飾り、招かれた子どもたちが、雛祭りを楽しみました。
仙台市青葉区の成田山仙台分院では、3月3日の桃の節句に合わせて、全国から届けられた1000体あまりのお雛さまを寺の広間の祭壇に飾り、1年間かけて供養しています。
仙台市内の7つの保育園の子どもたち、およそ200人を招いて、3日、雛祭りが開かれ、子どもたちは元気いっぱいに「うれしい雛祭り」の歌を歌いました。
雛人形は、持ち主の厄や災いを背負うと言われていて、子どもたちはお雛さまに向かって「ありがとうございました」とお礼を述べ、感謝の気持ちを伝えました。
このあと子どもたちは、一休さんと和尚さんに扮した寺の職員から、ひとりひとり雛あられを受け取りました。
ひな祭に参加した女の子は、「おひなさまがたくさんいてびっくりしました。雛祭りができて嬉しいです」と話していました。
お雛さまは、12日まで、火曜日を除いて公開されています。




⇒ 成田山から 成田山仙台分院で毎年、桃の節句の雛祭りに分院で手配した貸切バス7台で保育園児を招待して人形供養感謝祭を執り行うのには理由があります。「子は宝だ」と昔からいわれています。子供は次の世代を担ってくれるからです。次の世代につなぐ(バトンタッチをする)のが私たちの役目だと考えているからです。次の世代を担う子供たちに人形供養感謝祭を通して、人形に対する感謝の気持ちを持っていただくことで、ひいては物に対する感謝、人に対する感謝へと、すくすくと心が育っていくのです。そのような子供たちに次の代を担ってほしい、そして家庭を、地方を、国を、世界を感謝の気持ちでいっぱいにして明るく平和な時代を築いてくれることを願っているからなのです。 合掌
仙台放送テレビのレポーター、カメラマン、カメラアシスタントのスタッフ3名がフジテレビ系の番組である目覚ましTVニュースの取材のために成田山仙台分院に来山されました。副住職が応対し、成田山仙台分院の人形供養のきっかけ、まつわるエピソード、東日本大震災と人形供養の関連、供養感謝の手紙、桃の節句に開催する人形供養感謝祭などについて詳細に説明し、番組収録前に念入りに打ち合わせをしました。例年ですと仙台放送テレビのスタッフの方々は人形供養感謝祭の開催中に番組収録をしていましたが、今年は感謝祭の開式前から供養感謝祭の祭壇前に展示された1000体のおひなさまをテレビカメラで収録されました。いつも、おおぜいの保育園児たちで足の踏み場もないほどで、以前にテレビカメラ三脚のセッティングに苦労されたからかもしれません。おかげさまで、すばらしく映していただきました。そして人形供養感謝祭の本番では、三脚を使用しないで、低いアングル(保育園児たちの目線)にテレビカメラを抱えて保育園児たちのインタビューの様子を収録されていました。保育園児たちにとってインタビューは初めてらしく、戸惑いもありましたが、元気に受け応えしていました。きっと臨場感あふれるテレビ放映になるのでしょうね。取材のインタビューが済んでから、成田山会館の屋上で記念撮影をしました。そのときの保育園児たちのちょっとすましたほほえましい姿がとても印象的でした。先生方も一生懸命にカメラで撮影していました。保育園のみなさんにとって思い出の写真になることでしょう。
人形供養感謝祭 仙台放送成田山仙台分院の人形供養感謝祭が平成26年仙台放送に取り上げられました。
ひな人形供養感謝祭が仙台放送目覚ましTVのニュースで放送されました。
3月3日に成田山仙台分院で仙台放送のスタッフの方々が取材され3月4日にフジテレビ系の番組「目覚ましTV」のワクにあるニュースで放送されました。




⇒ 成田山より
立春もすぎて暦のうえでは春とはいうもののまだまだ寒い一日でしたが、保育園児たちのかわいい元気であどけなく、ほほえましい姿に寒さを忘れ暖かさを感じる人形供養感謝祭のひと時でした。保育園児たちのなかには仮設住宅から保育園に通っている子もいます。仙台市太白区の東日本大震災の被災者のための仮設住宅がある、あすと長町の保育園の園児たちも人形供養感謝祭に参加されました。仮設住宅に住む保育園児は3年前に被災したときは、まだ赤ちゃんでしたが、今は活発に元気ですごし、ともすればこれからの生活のことや仕事のことなどを考えると、心が沈みがちになる大人の被災者の方々の光明と励みになっていることでしょう。また人形供養感謝祭のほかにも、成田山仙台分院では屋上展望台に鎮座する不動明王大仏の年末のすす払い、節分祭での豆まきなどの行事などがテレビ各局、新聞各社などマスコミにとりあげられています。成田山のご本尊である不動明王の大仏のすす払いは、どなたさまでも参加できますので、年の瀬に一年間の感謝をこめて大仏を拭き清めてください。不動明王の御利益にあずかり、すがすがしい清浄な気持ちで正月を迎えることができるでしょう。 合掌
雛人形感謝祭が50代からの生きかた・暮らしかた応援雑誌 いきいき4月号に掲載されました。
以下が概要です

仙台市青葉区にある成田山仙台分院の一室に静かに並ぶ千体以上のお雛さま。これは全国から人形供養を依頼されたものです。成田山仙台分院では、以前から、お雛さまに限らずぬいぐるみなどさまざまな人形を毎日受け入れ、供養してきました。
「人形には、依頼者の願いや思い出がご芯(魂)として込められています。役目を終えたお人形からご芯を抜いて物へと返すのが供養です」と語る、住職の白龍さん。中でも、お雛さまは我が子の健康や幸せを願う気持ちが強く込められた特別なものだといいます。 人形供養の依頼は、震災を機に急増しました。震災直後は津波に遭ったお雛さまが多く寄せられましたが、最近は、原発事故が理由で手放す人からの依頼が増えています娘への愛

福島県南相馬市の仮設住宅に住む諸山さんも、供養を依頼したひとりです。
諸山さんの自宅は、福島第一原発から20km圏内にある小高区にあります。避難解除準備地域に指定されているため、避難解除予定の2016年まで住むことはもちろん、一晩泊まることもできません。
諸山さんのお雛さまは、35年前に娘の初節句を祝い、両親や姉とともに東京の浅草まで行って買い求めたものです。娘が上京してからは、毎年樟のうを入れ替えて自宅の天袋で大切に保管していました。しかし、避難生活を送る諸山さんが2013年6月、4か月ぶりに自宅に戻ると、めちゃくちゃになったお雛さまが床に散乱していたのです。
「結った髪もきものもぐちゃぐちゃにされ、ショックでした。その姿が東京で働く娘の姿と重なり、不安でたまらなくなったのです。」。
地震で壊れた屋根の隙間から入り、住みついたハクビシンなどの野生動物の仕業でした。
娘の成長を見守ってくれた大切なお雛さまをむげに捨てることはできなかった諸山さんは、娘に相談して見つけた成田山仙台分院に2013年12月、供養を依頼しました。
お雛さまは供養に出したものの、お雛さまを飾る台やぼんぼりは、諸山さんの自宅にいまだ残されたままです。小高区では放射線量の問題でゴミを出せないからです。
小高区は原発事故と津波の被害を双方受けたまま、あまり復興が進んでいません。「2年後がれきの片付けや除染が終わっても、人が戻るかわかりません。自宅をリフォームするか、土地を離れるか、補償金が少ないため、その決断もできない……」。不安から、諸山さんは明け方に目が覚めてしまうと言います。

諸山さんは成田山仙台分院に送る際に、お雛さまへの感謝をつづった手紙を添えました。
手紙を受け取った副住職の玲樹さんは「やむにやまれず手放す無念さが伝わってきました。諸山さんの気持ちを思うと心が痛みます」と言います。
諸山さんのお雛さまは状態が悪く、桃の節句を待たずお焚き上げされ無事に供養されました。その報告の手紙を、諸山さんが受け取ったのは年明けのこと。
「ずっと気がかりだったことが解決して、肩の荷がひとつおろせました。まだまだ心配事は山積みですが、少しだけ前進できた気がします」。
人形に添えられた手紙の数々。手離す事情や家族の思い出、感謝の気持ちがつづられています。
「『さきわい幸福雛』という名前で、かわいくてほんとうにきれいなお雛さまだったんです」と諸山さん。娘が幼いころは、夫婦で協力して毎年飾っていた7段飾りのお雛さま。よく人を呼んで祝っていたそうです。
残った住人でがれきの片付けを取り組んでいるが、捨てられないゴミは野ざらしに。自宅から、仮設住宅まではおよそ12km。「人がいないと家が荒れていくというのを実感しています」
娘のこれからの幸せと、大切にしていたお雛様のために。
供養に願いを託しました。
住職から「いきいき」読者の皆様へお伝えしたい思い
雛人形供養依頼してくる中で、震災のためにお雛さまの人形供養の依頼される方が沢山おられます。「震災のため、仮設住宅に移るが手狭で、お雛さまをつれていけない」「新設した家に移らなければならないのに、震災で汚れてしまって、壊れてしまって」「人形を手放さなくてはならない」方が多くおられます。
本来なら、東日本大震災がなければ、そんのことしなくて、済んだのに、震災のために移転をしいられて、やむえず、成田山に雛人形供養を申し込まれることが多い現状です。
それにしても、東日本大震災で被災された方の復興が一向に進まず、相変わらず、仮設住宅暮らしの方が多く、避難している方が数多く居られる福島県の場合は、特に、15万人もおられ、正常な生活の見通しが立っていない現状です。
そのような中、平成25年3月11日には、東日本大震災鎮魂と復興願い、成田山本山(千葉)からも、僧侶がきて合同で、東日本大震災復興祈願法要を仙台成田山で行いました。お彼岸、お盆も行いました。
震災で被災された方たちが1日も早く復興し、平穏な、安定的な暮らしにもどれ、幸せであられるように、祈願しながら、東日本大震災復興祈願法要を行いました。
また、震災でお雛さまを手放すには、たんに、物理的に、離さざろうえない面とは別な思いがいっぱいつまってます。
人形供養の依頼文面内容みて思うのですが、お雛さまにたいする思いが、自分と人形、子供と人形、家族と人形の思い出がいっぱいつまっている、その思いを成田山に託されているんだと。
依頼される方はたんに雛人形の供養だけでなく、子供が、孫が、健康に、幸せにこれから暮らしていってほしいと、願いを込めて、思いをこめて、成田山に届けられたんだと文面から読み取れます。
その思いを十分に受け止めて、しかり供養していかないといけないんだ、思います。そう思いながら毎日人形供養しています。 合掌

宮城県内で最も購読数が多いのが河北新報社の新聞です。今回の人形供養感謝祭は河北新報の東日本大震災関連シリーズ連載「あすへ3.11掲示板」に掲載されました。
仙台にある河北新報の社屋も震災の被害を被りましたが、被災地へ新しい情報を届けようと、「ぶんや」魂を発揮して、避難所へニュース掲示板を張り出し、被災者が情報から隔離されないように勤めてくれました。震災当時、地元住民に密着した情報提供が、どんなにも避難所の被災者の方々の励みになったことでしょう。
東日本大震災から3年経過した現在でも被災して仮設住宅にお住まいの方もまだ多くいらっしゃいます。河北新報では新聞記事で、それぞれの仮設住宅の現状を伝えています。仮設住宅にお住まいの方々にとって同じ状況下で暮らされている「被災者の今」の情報は、苦しみや悩みが共有できて大変に励みになっていることでしょう。
昔「白河以北一山百文」といわれ、さげすまれた東北宮城の地で一力氏が発奮して河北新報を創業しました。社名である河北新報の「河北」は「白河以北一山百文」からとったと聞いています。
宮城県はこの東日本大震災の甚大なる被害で大変に疲弊しています。しかし河北新報創業者の思いを未来への光として受け継ぎ、みんなで励まし助け合うことで真の復興が成し遂げられるのです。さあ共に一歩前に進もうではありませんか。一歩前に!!
人形供養 河北新報平成26年3月4日河北新報に供養感謝祭が掲載されました。
あすへ 3.11掲示板
1000体のひな人形供養感謝祭
成田山国分寺仙台分院(仙台市青葉区荒巻字青葉33の2)は同院2階大広間で、全国から供養のために寄せられたひな人形1000体余りを展示する供養感謝祭を開いている。
桃の節句と震災発生から3年を迎えるのに合わせ、12日まで供養感謝祭ひな人形展示開催。
子どもの結婚で役割を終えたひな人形や、被災後、手狭な仮設住宅や集合住宅へ避難したため保管できなくななり供養を依頼されたひな人形などもある。
供養を依頼した被災者が、人形や同院への感謝の気持ちをつづった手紙も公開している。
展示時間は午前10時〜午後5時。入場無料。火曜定休。供養の依頼は通年受け付けている。連絡先は成田山国分寺仙台分院022(225)8640。
以上平成26年3月4日河北新報記事の引用
河北新報に記事が掲載されてから、県内の方々から沢山の人形供養のお申込をいただきありがとうございます。さすが県内購読数ナンバー1の新聞の影響力はスゴイのひとことです。この河北新報「あすへ 3.11掲示板」によりひな人形やぬいぐるみへの供養と感謝の気持ちを持っていただける方々が多くなることは、私達にとって大変ありがたく喜ばしいことです。震災から3年、まだ仮設住宅で暮らし、生活の再建の見込みがたたない、とくに高齢者の方々が沢山いらっしゃいます。そのような震災弱者の様子を正確に取材掲載し行政、民間を問わずに働きかけていくのも報道機関の使命なのです。河北新報社さまには、その使命に燃えて、東日本大震災による被害からの地域の益々の復興、個人の幸せな生活の再建の一助になっていただければ幸いです。 合掌
東日本大震災から3年になろうとしていますが、時がたつにつれ、その記憶がうすれていくのが世の常です。最近震災の記憶を後世のために残そうという試みが、官民あげてなされています。東日本大震災で被災した宮城県北部沿岸の日本有数の漁獲高を誇っていた漁業が盛んな港町の気仙沼市では、大津波の被害状況を語り継ごうと、津波のすざましい破壊力で曲がったガードレールや鉄製の手すり、津波に流されてズタズタに引き裂かれたランドセルやぬいぐるみ等を、常設展示しています。成田山仙台分院にも震災直後はそのような汚れて破れた人形やぬいぐるみなどが供養に持ち込まれました。震災から2年すぎたころからは、仮設住宅やアパート、マンションに引っ越したので人形やぬいぐるみなど、特に雛人形のセットを収納したり飾るスペースがないので供養に持ち込まれることが多くなりました。震災当時に宮城県名取市沿岸部に住んでいて、現在、仮設住宅で生活している80歳の男性が言っていました。「私の目の前で妻が津波にながされました。流されながら妻は静かな顔で私に向かって手を振っていました。」なんとも悲しみをどこにぶつけたらよいのか、本当にやるせない気持ちです。いま被災地を中心として「3.11をわすれない」の運動が盛り上がりをみせています。東日本大震災の記憶を後世に残して、将来くるであろう大災害に備えてほしいという気持ちから、そして、このような悲しみを二度と子孫たちに味あわせたくないからです。奥様を亡くされた80歳の男性も、子孫のために語り部として悲しく辛い話をしました。自然の猛威を前にして人間はあまりにも非力です。しかし未来に語り継いでいくことで、人間の智慧が継承され、自然災害による被害を最小限に食い止めることができるはずです。
平成26年3月6日読売新聞(夕刊)に人形供養感謝祭が掲載されました。被災地 供養の展示

東日本大震災から3年を迎えるのを前に、仙台市青葉区の成田山仙台分院で、供養を依頼されたお雛さま2000体が展示されている。同院には毎年この時期全国からお雛さまが届く。震災直後は津波で汚れた雛人形が急増。最近は、「震災で集合住宅に移ることになり、飾るスペースがない」など、環境の変化に伴う依頼が目立つという。中には原発事故で避難中の住民から「家に置いていたら動物にめちゃくちゃにされてしまった」として、人形が送られてきたケースもある。副住職の国分玲樹さん(37)は「多くの方に見てもらった方が供養にもなる」と話している。
展示は今月12日まで。 以上平成26年3月6日読売新聞(夕刊)記事の引用
⇒ 成田山より
東日本大震災による住宅環境の変化でお雛さま、ぬいぐるみ、その他の人形などを供養のために成田山に持ち込まれたり、送られたりされることが多くなりました。喜び、悲しみ、そのような思い出のいっぱいつまった人形たちです。供養感謝祭で大勢の方々にごらんいただくことは人形にとって大変に喜ばしいことなのです。宮城県ではこの大震災で甚大な被害を被り、多数の犠牲者がでました。悲しみを乗り越えて「一歩前へ」進むことが今とくに求められます。私たちも「一歩前へ」進むためのお手伝いがしたいのです。人形供養祭に招待した保育園児たちの元気な明るさに力づけられました。東日本大震災の悲しみを単なる悲しみに終わらせず、「一歩前へ」進むための希望の光に変えたいものです。 合掌
平成25年人形供養感謝祭の報道
人形供養感謝祭 参加園から平成25年3月1日の1000体のお雛さまと100人の園児
雛人形供養感謝祭の感謝のお手紙をいただきました
平成25年4月27日に一通のおたよりをいただきました。
愛子つぼみ保育園の皆様から平成25年3月1日に行われご招待させていただいた、1000体のおひなさまと100人の園児 雛人形供養感謝祭の感謝のおたよりをいただきましたので、ご案内させていただきたいと思います。ちょうど、翌日は、千葉県の成田山新勝寺への100人以上での団体参拝「本山参り」の予定で、その準備をしているころに配達されました。
お若い保育園の先生からの手書きの手紙で、とても丁寧に書かれておりました。また、保育園特製の便箋らしく、子供たちが手をつないでいたり、野原を駆けているイラスト、そしてかわいいチューリップやたんぽぽの花のイラストに、わざわざ色をたして書いてありました(かわいい、ほほえましいイラストです)。この便箋を見ると、当日の子供たちの嬉しい様子や、真剣に合掌し手を合わしている様子が、すぐに思い浮かび大変嬉しく思いました。
人形供養は、本来、@供養申込者様、A僧侶(導師)、Bご本尊の三者が一体となって供養が成り立ちます。そして、供養が人形へ通じます。そこへ、直接的ではありませんが、このように子供たちが人形供養に参加していただくことで、私達みんなが(三者が)応援してもらっているような、力をかしてもらっているような気持ちになります。お雛さまは、特に女の子にとって特別なもの、私のもの、という思いが特別に強い人形です。家庭に飾られたときは、このように100人を超す大勢の子供たちに囲まれることはなかなかなかったでしょうから、おひなさまもすこし驚いていると同時に、誉れ高かったのではないかと思います。そして、一生懸命に手を合わせて合掌している保育園児たちの愛らしい姿におひなさまも感謝して嬉しく思ったのではないかと思います。
また、人形供養終了後には、保育園児たちがおそるおそるお雛さまに手を触れたり、なでなでしてあげたりして大切に取り扱いながら、お雛さまに最後のお別れをし供養していただきました。なかには、経年劣化によるお顔のシミを気にして、一生懸命にキレイにしてあげようと触っている園児や、顔料が薄く剥がれてきたお顔を心配して気にしてくれる園児もおりました。きっとご家族もおなじ気持ちで人形供養にだされたでしょう・・・それとおなじく園児たちも気にしてくれていました。本当にこのようなやさしい気持ちを持っている子供たちと一緒に人形供養感謝祭を執り行うことができてありがたいと感じました。また、同時に嬉しく思いました。このようなやさしい子供たちにとっても、お雛さまにとっても、人形供養申込者様にとっても、良き思い出そして記憶として残れば・・・と思います。
最後に、園児たちみんなと先生方が記念写真をとるのですが、そのとき元気な園児たちの様子を写させていただいてりして、それを、思い返して眺めたりしながら書きました。毎年継続していけることに皆様へ感謝しております。本当に嬉しく感じております。ありがとうございました。 合掌
仙台市青葉区荒巻字青葉33−2 成田山 様
先日は、雛まつり会にお招きいただきまして、ありがとうございました。
園児たちは大変喜んでおり、良い思いでが出来たと思います。
バスに乗っている時も、周りの景色を見ながら会話も弾み、本当に楽しそうでした。お寺では、貴重なお話を聞き、たくさんのひな人形を見せて頂きました。最後には、雛あられのおみやげももらってニコニコ笑顔の子どもたちでした。本当にありがとうございました。朝晩は、まだ、冷え込みますので風邪などおめしになりませんようにお気を付け下さい。皆様のご健康やご多幸をお祈りしています。
愛子つぼみ保育園より(平成25年4月27日受け取り)
平成25年5月30日VOL293の河北Weeklyせんだい(発行 河北新報社)に掲載されました。

河北Weeklyせんだいのクチコミ情報に掲載していただきました。
河北Weeklyは河北新報に折込まれているミニ情報誌の媒体です。前回は平成23年10月10日に掲載していただきましたが、今回も引き続いて、読者の方がお尋ねされたようで、そこから掲載していただきました。今回の号は、巻頭特集に仙台で期間限定で行われている、ミュージカルの巻頭特集があり、副住職はちょうどチケットを取りに行く予定をしておりましたので、早朝に、スミからスミまでじっくり読んでから成田山に出仕ししようと思っていたところでした。また、その号を取って保存しておこうと思いましたら、最後のページに成田山の人形供養を掲載していただいていたのを発見しました。(現在、巻頭のミュージカル特集は副住職個人が、人形供養のページは成田山のそれぞれの河北Weeklyせんだいが手元に保存されています。)
今回の御回答をお求めの方が、松島町の方でした。
その数日後に、松島町よりもう少し奥にあります東松島の方とお話する機会があり「あちらのほうは(復興が)まだまだだよ〜」「建物(ガレキ)とかは取り除かれたけどなかなか難しい」などのお話をいただきましたので、そのようななかでも、人形やぬいぐるみの供養のことを気にかけていただいており、ありがたいことだな・・・と思うと同時に、少しでも早く、地元のみなさまの希望が少しでも反映された復興になっていくようにと思いました。
また、いつも思いますが、このような地元のコミュニテイ情報、地元の河北新報発行の媒体に掲載していただくことは、直接、地元の仙台市、宮城県の方が多く人形供養に来ていただくことからとても励みになります。関東や関西などの遠方の方からですと、どうしても郵送になりますが、ほとんどの方は、来山にて成田山人形供養を申し込みに来られることから、直接拝顔しながらのお申し込みなので本当に嬉しく思います。ありがとうございます。
現在、成田山へ直接持ち込まれる人形供養にはお休みがありますが、編集部の方は、きっとそれも分かってくださり、間違ってお休みの日に成田山に人形供養に行かないように(お休みの日に行って二度手間にならないように)そのことも記載していただき、ご配慮いただいた紹介文面になっており、大変感謝致しております。河北Weeklyせんだいの皆様ありがとうございました。
以下、記事全文引用になります

人形や縫いぐるみの供養をしてくれる所をお探しの松島町・ななさんへ
⇒ 青葉区の大本山成田山仙台分院で、人形や縫いぐるみの供養を受け付けています。郵送も可能です。(青葉区・匿名希望)
- 問いあわせ/大本山成田山仙台分院(青葉区川内亀岡33−2)
рO22−225−8640 - 受付/持ち込みは9:30〜17:00(9月まで火・水を除く)
- 供養/10:30、11:30、13:30、14:30、15:30
- 費用/持ち込み・郵送は段ボールミカン箱1箱相当3000円、供養に立ち会う場合は5000円
編集部から 受け付けた人形や縫いぐるみ、おもちゃは僧侶が丁寧に供養するそうです。他にも、供養できる所を知りたいと投稿がありました。
平成25年2月28日(木)の河北新報に掲載されました。

1000体あまりを人形供養するため、前年からの、全国からお預かりしたお雛さまをひとつひとつ並べ始めておりました矢先に、河北新報さんがわざわざ供養の取材にいらして下さいました。掲載された写真も、お雛さまをひとつひとつ並べている巫女と、巫女を取り囲むようにたくさんのお雛さまがあります。
準備の途中でしたので、ところどころ空いている緋毛氈の部分もあり、まだ準備の段階であることがよくうかがえます。特に巫女の装束の上は白色ですので、背景も緋毛氈、床も緋毛氈、それ以外はお雛さまに囲まれた巫女の装束が映え、その手前でアップで撮影されたお雛さまはもっとお写真に映える構成になっているようでした。
また、供養のためにならべられたとはいえ、初日からこのようなたくさんの方に訪れていただきましたことに成田山仙台分院でも驚いたと同時に、大変嬉しく感じました。本当に深く感謝致しております。きっとお雛さまも、静かな準備期間中とは打って変わり初日からの賑わいにびっくりしたと同時にやはり嬉しかったのではないかと思います。そのようなおひなさまと同じ気持ち、一緒の気持ちを持ちながら供養をさせていただきました。今年もこのように雛人形供養をさせていただくことができて大変にありがとうございました。
忙しい中を取材にわざわざお越しいただきました記者さん、掲載いただいた河北新報さんありがとうございました。以下、人形供養についての河北新報記事全文引用させていただきます。
『津波被災、子どもが結婚・・・ 供養雛1000体に感謝』
仙台 成田山国分寺、あすから
全国から供養のために届いた雛人形1000体余りを展示する感謝祭が、3月1日から仙台市青葉区荒巻の成田山国分寺で始まる。
同寺は、転居で飾る場所がなくなったり、子どもの結婚で役割を終えたりした雛人形を通年で供養している全国でも数少ない寺院。保管庫から大広間に人形を運び、準備を進めている。国分玲樹副住職(36)は「東日本大震災の津波の泥が付いている人形もあった。多くの方に見ていただくことが人形の供養になる」と話す。展示は、供養前の雛人形を鑑賞してもらおうと5年前に始めた。ことしは人形供養の依頼者から届いた手紙も公開する。「(津波で全壊した家で)人形だけが見つかり、行方不明者の捜索をしていた消防の方が家の中央に置いてくださいました」などのエピソードがつづられている。4月1日までで、午前10時〜午後5時。入場無料。火曜休館。連絡先は成田山国分寺022(225)8640
平成25年3月4日朝日新聞(宮城)に掲載されました。
朝日新聞社仙台総局から記者の方が取材に成田山仙台分院に訪れました。成田山の巫女が人形供養感謝祭の準備で1000体以上のおひなさまを供養のために整然と並べる姿などがカメラ撮影されました。仙台という地名の由来ですが、昔、この地域に1000体の仏像が祀られていました。それで地名を千体にしたという言い伝えがあります。そして伊達62万石を築いた戦国武将である伊達政宗によって千代(せんだい)に改められ、仙台という地名になったのは明治以降とされています。成田山仙台分院は、この千体の言い伝えににより、実際は1000体以上のおひなさまなのですが千体ひな人形として供養感謝祭を開催しています。千代という語句からは日本国歌が連想されます。「千代に八千代にさざれ石の・・・」と国歌の歌詞に「さざれ石」がありますが、さざれ石は学名を石灰質角礫岩といいます。石灰石が雨水に溶解して、その石灰分を含んだ水が、時には粘着力の強い乳状態となり、地下で小石を終結して大きくなります。やがて地上に出て国歌に詠まれているように、千代・八千代年を過てさざれ石、巌となりて苔のむす、と景観的に、めでたい石なのです。仙台という地名は国歌からも、たいへんめでたい地名なのです。
以下が平成25年3月4日朝日新聞(宮城)の記事です。

人形の供養をしている仙台市青葉区の大本山成田山仙台分院で、全国から寄せられた千体以上のひな人形が公開されている。4月1日まで。見学無料。
東日本大震災直後には、泥がついて真っ黒のなったものが送られてきた。昨年は、仮設住宅に移るため置いておけなくなったという人形も届けられたという。被災と人形のエピソードや、人形への感謝がつづられた手紙も一緒に公開されている。副住職の国分玲樹さん(36)は、焚きあげる前にもう一度見てもらうことで、さらなる供養になると思い公開を始めたという。
以上が朝日新聞(宮城)の記事でした。
⇒ 朝日新聞(宮城)記事掲載写真のモデルになった成田山の巫女の感想
朝日新聞社のプロカメラマンの撮影モデルということで、大変緊張しました。おひなさまを並べる手も緊張に震えてしまいました。おひなさまを成田山に届けられた方々の感謝の気持ちをお伝えしながら、ていねいに並べました。
例年の恒例行事である人形供養感謝祭が近づくと、桃の節句、本格的な暖かくやさしい春の訪れを感じます。朝日新聞に掲載された私がおひなさまを並べている写真も雰囲気がでていてとても綺麗なので家族や周囲の人たち、それに友だちにも自慢してしまいました。朝日新聞社さま、ならびに記者さまに感謝しています。
今年の3月11日で東日本大震災から2年になろうとしています。成田山でも、この2年間でいろいろな出来事もありました。震災後最初の1年間は「私以外の親、兄弟たち家族が津波で流されて犠牲になって、私一人だけになってしまいました。」と悲壮感一杯で成田山に悩み相談で来山された方々が多くいらっしゃいました。次の2年目は、震災から1年経過したということで、被災者の方々は、ある程度心の整理がついたのでしょう、沢山のお雛さまなどの人形、ぬいぐるみ、東日本大震災で亡くなられた方の遺品などが供養のために成田山に持ち込まれました。成田山では供養後にお焚き上げするのですが、あまりの量なので供養後のお焚き上げ場を新設いたしました。当初、供養に持ち込まれたおひなさまのほとんどが東日本大震災の津波で流されたりして泥が着いたりしていました。最近では津波で流された人形は少なくなり、被災者用の仮設住宅に住まわれていらっしゃる方々が、部屋にお雛さまを飾るスペースがない、というので供養に持ち込まれることが多くなりました。住宅事情が原因のようで、この3月は転勤、転居などでお雛さまやぬいぐるみなどを供養に持ち込まれる方も多いようです。長年家族とともにすごした大切な思い出が一杯つまったお雛さまなどの人形やぬいぐるみを手放すことは非常に辛いことかもしれません、しかし、人形やぬいぐるみたちに感謝の気持ちを伝え供養することが家族のみならず人形やぬいぐるみたちの幸せにつながるのです。成田山仙台分院では皆様の人形やぬいぐるみに対する供養と感謝の気持ちをうけて、皆様の愛情と感謝の気持ちを伝え供養し、お焚き上げいたします。お焚き上げの煙とともに喜んで天に向かい、天から皆様を見守ってくれるのです。皆様からの愛情と感謝の気持ちをうけて、人形やぬいぐるみたちは大変に幸せな生涯だったとおもうことでしょう。成田山仙台分院は皆様の幸せを願う寺院です
平成25年3月4日の読売新聞(仙台)より以下が読売新聞(仙台)の供養感謝祭の記事です。
平成25年3月4日の読売新聞(仙台)に掲載されました。 雛人形1000体 供養

供養のため全国から寄せられた1000体以上の雛人形。
狭い仮設住宅に飾れずに雛人形を手放す被災者もいるという。
仙台市青葉区の成田山仙台分院で、供養を依頼された約1000体の雛人形が展示されている。
同院には毎年、全国から多くの雛人形が届き、供養後にお焚き上げされる。 人形の展示は昨年3月から始めた。
「震災がきっかけで雛人形を手放す人もいる。大事にしてきた人形を多くの方に見てもらった方が人形の供養になる」と副住職の国分玲樹さん(36)は話す。
供養する人形とともに添えられていた手紙約130通も展示されている。
手紙には「震災で亡くなった方から頂いた物です。持っているのが辛いので供養をお願いします」「津波で全壊した我が家ですが、奇跡的に人形は無事でした」などとつづられている。
展示は4月1日まで(火曜日を除く)。
⇒ 成田山より
読売新聞社さまはじめ報道機関の方々のおかげで、東日本大震災の被災者の方が供養を通して人形への感謝の気持ちを伝え、心の平安をもたらすことができているといえます。本当にありがとうございます。 合掌
平成25年3月16日のMSN産経フォトに掲載されました。

被災したひな人形など公開 仙台・成田山仙台分院
初日の1日には仙台市内の保育園児約200人が訪れ、多くのひな人形を前で笑顔を見せ「きれい」「かわいい」などの歓声があがった。仙台市青葉区の成田山仙台分院で「ひな人形供養感謝祭」が1日から行われ、全国から供養のために届いたひな人形約1000体余りが展示されている。
津波で泥や塩水をかぶった人形等被災地からの人形も多い。
国分玲樹副住職は、「震災の影響で転居を余儀なくされての依頼が多い。多くの方に見ていただくことが人形の供養になる」と話す。
「全壊した自宅から見つかり供養したい」「仮設住宅に持っていけない」など、持ち主の人形への思いをつづった手紙も公開している。MSN産経フォト
平成24年人形供養感謝祭の報道
供養感謝祭 産経新聞
供養感謝祭(平成24年)産経新聞掲載
平成24年2月10日金曜日の産経新聞へ掲載されました。
人形供養の取材に産経新聞東北総局の方が平成24年2月8日いらしてくれました。翌々日の紙面に人形供養の記事を掲載いただいたのですが、その記事を拝見し、成田山仙台分院でも大変感動いたしました。また、この産経新聞東北総局の記者さんが書かれた供養の記事をほかの新聞社の方が拝見し、感動されて、わざわざ遠方より取材に来られたくらいなのです。
人形供養と供養感謝の手紙を公開することの取材の趣旨だったのですが、その時は、まだ3月2日から開かれる「お雛さま供養感謝祭」の準備中で、祭壇などにもまだ人形供養のためのに飾られているお雛さまも全部出し切れてなく供養する人形が少ない状態でした。そのようななかでも人形供養の写真を綺麗にとっていただいて「お雛さま供養感謝祭」開催の前におひなさまもとても嬉しかったのではないでしょうか。
また、記事には被災地東北宮城県に寄り添い、それを深く掘下げつなぎあわせた記事を拝見し本当に感動しました。そこには記者さんが、昨年の3月11日以来、地元の東北地方宮城県にいながら、つねに被災地を通して、自分自身の感じて得てきたものがこめられているように感じられました。それが、このような人形供養の長い記事にされたのではないかと思います。添えられた写真には『供養感謝祭に向けて、祭壇に並べられる雛人形(仙台市青葉区の大本山成田山仙台分院)』との添え書きもあり大変丁寧に取材いたたき誠に感謝いたしております。また、後日、掲載紙と丁寧なお手紙もちょうだいいたしましてありがとうございました。以下、供養についての産経新聞社(宮城県版)記事全文引用させていただきます。

『来月から感謝祭、供養の手紙初公開 成田山仙台分院』 『大本山成田山仙台分院(仙台市青葉区)の恒例行事「雛人形供養感謝祭」が3月2日から開かれる。全国から供養のために寄せられた1千体以上を祭壇に飾り付けるとともに、今年は人形への感謝の手紙130通以上を初めて無料公開する。そこには東日本大震災をきっかけに、雛人形を手放した被災者らの思いも、数多くつづられていた。
「何もなくなった家、ひな人形が守った」
「震災で何もなくなってしまった家を、この人形だけがしっかりと守っていてくれたような気がした」
福島県から昨年12月、同分院に汚れた雛人形とともに寄せられた便箋びんせんには女性らしい美しい字でこうつづられていた。津波で自宅が全壊し、1階部分は柱だけが残った。原発事故の影響で約1カ月避難、片づけを終える2カ月後まで家は「無残」な姿のままだった。
しかし、行方不明者を捜索していた消防士が押し入れ部分で見つけた雛人形を、家の中央に置いていった。手紙は「子供が小さいころは飾っていたが、10年以上も押し入れで眠らせてしまったことが申し訳ない。供養をすることでおわびしたい。」と結ばれていた。
人形供養で有名な同分院には毎日、全国から持ち主の愛着がこもったお雛さまのほか、ぬいぐるみやこけし、プラモデルなどが詰められた段ボール箱が5〜10箱届く。法要とお炊き上げで供養するが、平成21年から雛人形を一時保管し、桃の節句に合わせて感謝祭を始めた。分院の玲樹副住職は「もったいないくらいきれいなものや、歴史を感じさせるものが多い。人形も見てもらうことが供養になると思った。」と説明する。
震災後は、宮城、福島などの被災地域から持参される人形が急増。自宅が損壊した被災者が「仮住まいにすべての人形を連れて行くことができない。」などの理由を記した手紙を同封するケースも増えたという。
そのため、分院は今年の感謝祭で、保管していた手紙130通以上を雛人形とともに公開することを決めた。幼い文字で「今までありがとうございました」と書かれたものなど感謝の意を記すものが多いが、なかには「震災で亡くなった方の手作りのおひなさまを持っているのがつらい。」という悲しい内容もある。
副住職は「人形には人と人とのつながりの思い出が詰まっている。その気持ちを感じてほしい」と話していた。』
以上 平成24年2月10日金曜日の産経新聞掲載記事
平成24年2月15日水曜日の中日新聞へ掲載されました。
人形供養の取材に、中日新聞(名古屋)の方が、わざわざ成田山仙台分院へ来山してくださいました。そのときに取材された供養の記事が、中日新聞と東京新聞に同時掲載されました。中日新聞には大きな活字で『「人形に別れ 心に区切り」「感謝 おわび 手紙に切々」』、東京新聞も大きな活字で『「震災心の支え 人形に感謝」「被災者から供養依頼 後絶たず」「仙台の寺 来月1000体ひな飾り」』と見出しがありました。大きなカラーの人形供養の写真には「被災者の心を思いやりながら、1000体のひな人形を祭壇に飾りつける玲樹さん=仙台市青葉区の成田山国分寺で」とあり、大変丁寧な記事での供養の大きな取り扱いに大変感謝致しております。以下、中日新聞全文引用させていただきます。
以下中日新聞掲載記事

『仙台市青葉区の成田山国分寺には、東日本大震災の被災者から人形供養の依頼が後を絶たない。「狭い仮住まいに連れて行けない」「亡くなった方からいただいた物で持っているのがつらい」との手紙を添える人もいる。副住職の玲樹れいじゅさん(34)は「人形と別れを告げて、震災で傷ついた心に区切りを付けようという思いを感じる」と話す。
来月二日の供養感謝祭には1000体が供養される。
「何もなくなった家を、この人形だけが守っていてくれた気がした。子どもが小さいころは飾っていたが、十年以上押し入れの中で眠らせてしまった。おわびしたい」
昨年末、郵送で届いたひな人形には、そんな言葉をつづった便箋が添えられていた。送り主は、津波で自宅が全壊した女性。福島第一原発事故の影響で、がれきの片付けに戻ったのは震災一カ月後。行方不明者を捜索していた消防隊員が、崩れ落ちた押し入れから見つけ出したおひなさまを家の真ん中に置いてくれていた。寺は、仙台市中心部から西へ三キロの小高い丘の上に立つ。以前から、家族の健やかな成長を願って贈られたり、子どもたちの遊び相手になったりした人形を受け入れ、法要とおたき上げをしてきた。震災後、宮城、岩手、福島県の被災地からの依頼が増えた。
「自宅が被害を受け、お布施の袋や一筆の便せんすら手元にございません。粗末な送付で申し訳ございません 宮城県多賀城市より」。白い紙をはさみで切って作った便箋につづられた手紙。 「汚れてしまっていますが...」。沿岸部の自宅が津波で浸水したため、ヘドロで髪が乱れ、白い顔がはがれたおひなさまを持ってきた母娘。
2009年から毎年、桃の節句に合わせて「ひな人形供養感謝祭」を開催。おひなさまは供養後おたき上げをする前に、境内にある会館2階の300平方メートルの大広間に飾っていた。今年は「東日本大震災に思いを寄せて」と題し、3月2日から1カ月間、1000体のおひなさまを並べる。
「ひな人形は、人に見られることで供養になる。これまで人と人との心をつなげてきたのだから」ファイルに整理した130通の手紙を読み返しながら、玲樹さんはおひなさまの顔を布で拭いたり、着物を繕ったりして、大広間の祭壇に飾り付けている。』
平成24年2月15日(水)の東京新聞に掲載されました

人形供養の取材に、中日新聞(名古屋)の方が、わざわざ成田山仙台分院に来山してくださいました。その人形供養の記事が、中日新聞と東京新聞に同時に掲載されました。
人形供養の取材の当日は、名古屋から取材のために東北の取材拠点地へ入っておられたそうです。そこから成田山仙台分院まで約3時間かけて来山され、同じくらいの時間をかけて戻られました。どうしても遠路のため、日帰りや短期の取材というわけにはいかず、みなさん10日や2週間単位の長期でこられて、慣れない土地で本当に一生懸命取材をされているお姿がありました。
今回、人形を持ち込まれたりお送りいただいき供養を申し込みされた皆様からの気持ちを、成田山仙台分院で人形供養させていただきお伝えさせていただきました。続けて、中日新聞、東京新聞という東北から離れた遠隔地の皆様にもさらに「お伝え」いただく機会を得ることができました。同じように、人形供養させていただくにしても、供養が終わったその後にも、それを多くの方に人形供養申込者のお気持ち、人形へのお気持ちが多くの方に伝わり知ってもらうことは、お人形さんにとっても、さらなる供養になるのではないかと感じております。
また、人形供養の取材が完了し帰り際に、記者さんから「太白区はどのようなところですか」、と訪ねられました。お休みの日に遊びに行かれるのかなと思い、答えていましたら、内陸部での地震により大きな地すべりが発生した地域なので、取材に行きたいとのことでした。まさか、地元でもない方が取材に行かれるとは思ってもみまませんでした。
東日本大震災では沿岸部の被害状況が大きく伝えられており、いまだに復旧が困難なところが多くあります。しかし、地すべり被害地域は仙台市内の内陸部です。沿岸部が注目されてマスコミで大きな取扱がされるなか、そのようなあまり目立たない内陸部の被害にも、東京や名古屋の方々にも地道に伝えて行きたいという熱心さが伝わり、今回の人形供養の取材を通して、記者さん、中日新聞社さんの情熱に、本当に、頭が下がる気持ちでいっぱいでした。
記者さんのそのような気持ちが、大変丁寧で長文の人形供養の記事になっていったのではないかと思います。また、記者さんの気持ちを受けて、新聞社でも中日新聞と東京新聞との両方の紙面に供養を掲載し、特に東京新聞では夕刊の第1面に掲載いただく結果につながったのだと思います。
今回の人形供養の取材を通して本当に勉強になりました。ごていねいに、後日、掲載紙も御送付いただき誠にありがとうございました。
後日談
宮城県志津川沿岸地域で津波で全壊し内陸部に避難されている方からも、中日新聞さんが本当にマメに仮設住宅を訪れて、一生懸命に取材されているとのお話を受けました。中日新聞さんが、そこの仮設住宅を本当に頻繁に訪れ、記者さんも、仮設住宅にお住まいの被災者に寄りそうようにして取材されて、こまめにお話を聞かれておられるそうです。そのお話を聞き、大変胸があつくなりました。同じ記者さんではなかったようですが、そのようなお気持ちは、中日新聞さんの会社全体で共有しているものなのですね。本当にありがとうございました。
以上平成24年2月15日水曜日の東京新聞より
(中日新聞と同様の記事になりますので以下略)
平成24年2月24日(金)の読売新聞へ掲載されました。
人形供養の取材に、読売新聞東北総局の方々が、わざわざ2回も成田山仙台分院へ来山してくださいました。1回目は女性の記者さんが2月17日に、2回目には男性の写真記者の方が2月24日にいらしてくれました。供養の記事は女性の記者さんが、供養の写真は男性の記者さんが担当してくださったようでした。3月11日の東日本大震災の関連取材で、被災地へ隅から隅まで赴かれておられたようで、供養の取材が終わったあとも、すぐに別のところへ取材に行く旨のお話をされておられました。お忙しく、慌しいさなか、わざわざ成田山仙台分院へ来山いただき、人形供養の取材をしていただきました。
1回目の人形供養の取材当日は、雪が積もっていて足元が悪いところ、わざわざ来山いただきました。その際、熱心に写真撮影もされたのですが、より良い供養の写真を撮影しようと、おひなさまと同じ目線になるために腹ばいになったり、しゃがんだり、立ち上がったりを繰返しながら一生懸命に供養の写真撮影をされていました。後日、こちらの記者さんから掲載紙と丁寧なお手紙も頂戴いたしまして、誠にありがとうございました。
また、2回目の人形供養取材の当日には、翌日の新聞原稿の締切り時刻が迫っていたようで、大変急がれておられました。しかし、その翌日の紙面に取材原稿および写真が間に合うギリギリの時刻まで、熱心に飾られたおひなさまを写真撮影をされておられました。間に合うのかとハラハラ不安に思っていましたが(新聞社に戻って写真を校正し送ると思っていましたので)、供養の写真を、撮影されたその場でデータ送信されておられるのを拝見しました。いまはとてもハイテクなのですね。また、写真を撮影されておられる間に「(津波でお顔の剥げたおひなさまを見て)こういったのを見ると心が痛みますね・・・」「・・・(おひなさま)語りかけてくるようです」とお話しされながら、写真を通してその様子を伝えようとの一生懸命な姿勢が伝わってきました。
お二人とも、今年の3月11日が東日本大震災一年後のため、様々なところへ取材に赴かれているようでした。そのような忙しいなか、2回も人形供養の取材をしていただきまして、ありがとうございました。以下、読売新聞全文引用させていただきます。
以下平成24年2月24日金曜日の読売新聞より

『津波で泥をかぶったひな人形などが並ぶ「ひな人形供養感謝祭」(23日 仙台市で)=撮影 仙台市青葉区の成田山仙台分院で恒例の「ひな人形供養感謝祭」が3月2日から始まる。津波で塩水をかぶった人形や、人形への思いをつづった持ち主の手紙も公開される。同院には毎年、全国から多くの人形が届くが、震災後は被災地からの人形供養の依頼が絶えない。中には、潮のにおいが残り、顔が変色しているものもある。
「震災で何もなくなった家を守ってくれていた」「自宅が全壊し持っていけない」など、持ち主の心情をつづった手紙も添えられている。玲樹(れいじゅ)副住職(35)は「とても大切に扱われていたことがわかる。供養のためにも見てほしい」と話している。人形1000体、手紙130通が展示される。4月2日まで。』
平成24年3月2日(金)の時事通信社に掲載されました。

人形供養関係で時事通信社さんより最後の供養の取材をしていただき配信されました。時事通信社の仙台支局というのでしょうか、てっきり地元の仙台の方が取材にいらしてくれるのだと思いましたら、人形供養の件で東京から遠路はるばる来山された、ということで大変驚いてしまいました。ちょうど、人形供養の取材のため、ほかの新聞社の方が居られる状態でしたので、少しお待たせしてしまい、雪がチラチラしている寒いなかを来山されて、大変申し訳なかったです。
帰りには、7〜8センチ雪が積もっている状態のなか帰って行かれました。その後、帰宅しまして、しばらくしたのちに、時事通信社の記者さんより人形供養の記事が配信されました、というご連絡をいただきました。インターネットでホームページ上からすぐに確認できますから・・・という丁寧なご連絡をいただきすぐに人形供養の記事を拝見させていただきました。
取材してその当日に記事として配信されるとは思ってもみませんでしたので、大変早い配信にとても嬉しかったのと同時に大変びっくりいたしました。きっと、人形供養のために並べられた数多くのひな人形たちも配信の速さに驚いたのではないでしょうか。その後、検索エンジン等のニュースで人形供養についての記事が配信されました。また、全国の報道各社へ配信されるそうですので、ほかの媒体で拝見されたかたもいらっしゃられるかも知れません。
配信された人形供養の記事を見ましたら、たまたま、記者さんのカメラの方向を向いていたおひなさまの1点に焦点を当てられ、奥にはたくさんのお雛さまが並び背景をぼかしてあり、そのおひなさまだけにピントが合ってスポットが当たったように大変綺麗に見える写真が使われておりました。取材時には、お雛さまと人形供養の手紙を一緒に撮影されたり、何度も何度も撮影したおひなさまのカメラ画像をモニターで確認したり、人形供養のためにしつらえられた祭壇のある部屋も夕刻になりどんどん冷えこんでいくなかで、たくさん撮影していただきました。
今年は、東日本大震災から1年という節目の月である2月上旬から3月上旬までの長期間に渡って、人形供養のためにたくさんの新聞社の記者さんが来山され、大変多くの記事として人形供養を取り上げていただきました。
このように、たくさん報道され、多くの方々に成田山仙台分院の人形供養を知っていただくことができました。また、それと同時に、今年はじめて人形供養感謝の手紙を展示し、多くの方々の共感をいただくことができましたこと、また、そのような機会をいただけ成田山仙台分院としても大変感謝申し上げております。成田山仙台分院は、今後もみなさまの人形供養に込めた思い、お気持ちを大切にしながら供養を続けて行きたいという気持ちをさらに強く感じました。時事通信社の記者さんには、雪の舞う寒いなか、誠にありがとうございました。以下、時事通信社事全文を引用させていただきます。
以下平成24年3月2日金曜日の時事通信社より
『仙台市の成田山仙台分院で2日、恒例の「雛人形供養感謝祭」が始まった。供養のために全国から届いた雛人形は1000体以上。東日本大震災の被害を受けた人形や、持ち主の思いが託された手紙も展示されている。』

「1000体のひな人形供養感謝祭」の取材に産経新聞の方がいらしてました。先日も、供養の取材にいらしてくださった産経新聞仙台総局の方だと思い込んでいましたら、東京本社からわざわざいらっしゃったということで驚いてしまいました。人形供養感謝祭の会場は、たくさんの園児と供養のおひなさまであふれかえり、ようやく、座布団1枚程度のスペースを確保して、その狭いなかで、供養のお写真を撮ったり、園児達に取材していただいたりと大変窮屈な思いのなか人形供養の取材をしていただきました。
人形供養取材当日の夜には、MSN産経フォトというインターネット上の写真で供養の様子が公開されました。また、翌日には、東京本社版の社会面に掲載、大阪本社版表紙である第1面に人形供養の写真をカラーで掲載していただき、次のような丁寧なお手紙を頂戴しました。
「・・・先日、おかげさまで無事に帰京致しました。さて、遅くなりましたが、3月3日付けの新聞を数部同封させていただきましたのでご高覧頂ければと思います。実は、東京本社(東日本〜北海道に配る新聞)では、社会面(後ろのほうの面)での取り扱いだったのですが、大阪本社版(東海〜西日本、九州・沖縄)では1面に掲載をさせていただきました。今回、大阪から紙面を取り寄せましたので同封させて頂きます。最後になりますが、また何かありましたら宜しくお願い致します。大変お世話になりました。産経新聞 東京本社 写真報道局・・・」
3つの人形供養の記事は少しずつ掲載されている写真や記事が違いうようで大変興味深く拝見致しました。東京本社版では「もう一つのひな祭り」、大阪本社版では「ならんだ思い出 祈りましょ」と、それぞれ供養のお写真の良さが引き立つ添え書きがありました。また、東京本社版の新聞は、こちらでも手に入れることができますが、大阪本社版は、仙台では手に入らないだろうという記者さんの配慮をいただき、両版の新聞を御送付いただきまして、大変にありがたくお受けしました。お心使いをいただき、誠に感謝申しあげております。以下、人形供養についてのMSN産経フォトならびに産経新聞記事全文引用させていただきます。
以下平成24年3月2日金曜日のMSN産経フォトより

『全国から人形の供養を受け付けている仙台市青葉区の大本山成田山仙台分院で「ひな人形供養感謝祭」が始まった。感謝祭初日の2日は近隣の保育園の子どもたち約200人が集まり、ひな人形の前で手を合わせたり「うれしいひな祭り」の合唱などをして祭壇に並べられた1000体以上のひな人形の供養を祈願した。
並べられたひな人形のなかには、津波に流されたものや倒壊した家屋から見つかったものも含まれており、震災の影響で昨年の持ち込みは2〜3割ほど増えたという。仙台分院の玲樹副住職は「見て楽しんでもらうことが人形の喜び。一人でも多くの人に見て楽しんでもらう事が最大の供養になるのでは。」と話した。展示は4月2日まで(火曜日は除く)で、展示が終わったひな人形はお焚き上げされる予定だ。』
以下平成24年3月3日土曜日の産経新聞社(全国版)より
『全国から人形の供養を受け付けている仙台市青葉区の大本山成田山仙台分院で2日「ひな人形供養感謝祭」が始り、集まった子供たちが祭壇に並べられた千体以上のひな人形に向かい手を合わせた。今年は東日本大震災の津波で流されたものや、倒壊家屋から見つかった人形も含まれ、持ち込みは昨年より2〜3割増えたという。展示は4月2日まで。』
平成24年3月3日(土)の河北新報へ掲載されました。
取材には河北新報の方が雛まつりの前日の平成24年3月2日に人形供養の取材にわざわざ訪れました。この日は、ちょうど午前10時頃から1000体のお雛さまと200人の園児「お雛さま供養」感謝祭を行ってやっと落着いた頃でした。「お雛さま供養」感謝祭に参加していただいた保育園は@ぷらむ保育園、A愛子つぼみ保育園Bちびっこうさぎ保育園、Cマザーズサンプラザ保育園、D春日町マザーズチャイルドセンター、E保育所ちびっこランド泉中央園、F仙台ラピア保育園、Gとみざわ保育園、Hバンビの森保育園、Iハッピールーム保育園、J小田原ことりのうた保育園、K小羊園の園児のみなさんで、総勢219名を招待し供養させていただきました。
招待させていただいた園児たちと一緒に「雛人形供養」感謝祭の供養をしたり、保育園児たちと「うれしい雛祭り」の歌を歌ったり、園児向けのやさしい人形供養法話をしたり、供養のお雛さまに「ありがとう」の言葉を大きな声で言ったり、最後には雛祭りにちなんだお菓子(今年も雛あられでした)をひとりひとりにプレゼントしたりといったことを園児たちといっしょに楽しい時間を過ごして、やっと落着いた頃でした。
人形供養のお雛さまはずらりと並んでいるのですが、目線が低く、写真におさめるのが大変なようで、河北新報の記者さんは、畳の上に寝転んだり、人形供養のお雛さまのお顔がきれいにおさめられるように何度も何度も場所を移動されたりしておさめらされていました。3月11日を目前にして記者さんと被災した地元ならではの共通の話題のお話も少ししたのだと思います。人形供養に関することがほとんどでしたが直接震災に関わるお話にも話題が及びました。河北新報の記者さんとお話のなかで、東日本震災時のことを思い出し、あわててしまい、うまく受け答えができなくなりました。
そのように御迷惑をかけたなか、人形供養の取材中にポロポロと発した言葉だったのですが、河北新報の記事中にありますように、それを大切に拾っていただき記事にしていただきました。河北新報の人形供養の記事中にありますとおり「分かち合い、前に進む力に変えたい」という気持ちは、いまも変わりありません。そして、河北新報のこの記事を見るたびに、その大切さを思い出します。
忙しい中を取材にわざわざお越しいただきました記者さん、掲載ただいた河北新報さんありがとうございました。
以下、人形供養についての河北新報記事全文引用させていただきます。
ひな1000体 思い出とりどり 仙台・成田山で人形供養

『供養のため、全国から寄せられた約1000体にものぼる雛人形の一般公開が2日、仙台市青葉区荒巻の成田山国分寺で始まった。ことしは東日本大震災で津波に遭ったり、転居先に持って行けなくなったりした宮城、福島両県の人から持ち込まれた人形が多いという。ひな人形は、大広間の祭壇と赤い毛せんの上に所狭しと並べられている。津波の影響とみられる泥が着物にこびりついている人形もあれば、顔の塗料がはがれ落ちてしまった人形もある。会場には「自宅が全壊し、仮住まいには持って行けない」「何もなくなってしまった家を守っていてくれた」など、手放した理由や思い出をつづった持ち主からの手紙も展示されている。副住職の玲樹さん(35)は「多くの人に見てもらうことが人形の供養になる。持ち主のつらや悲しみを分かち合い、前に進む力に変えたい」と話していた。ひな人形は供養した後、おたき上げされる。一般公開は4月2日まで。入場無料。』
平成24年3月4日(日)の読売新聞コラム欄に掲載されました。

平成24年2月25日に読売新聞で『津波被害の人形も・・・仙台でひな人形供養祭』という記事で取材を受け、掲載いただきました。その記事について、読売新聞への問い合わせが多かったため、供養の事柄を再度掲載します、という連絡を成田山仙台分院にいただきました。
事前に3月4日に掲載されますという連絡もいただき大変丁寧に対応していただきました。
ちょうど、3月3日のひな祭りの翌日に掲載いただきました。 そのようなこともあり『お答えします 読者センター』を拝見された方々からも「家のひな祭りは終わって片付けたけど、成田山仙台分院のたくさんのひな祭りを見に行きたい」「成田山仙台分院で公開している震災関係の人形供養の手紙をもっと詳しく拝見したい」「これを機会に成田山仙台分院で人形供養したい」等の人形供養に関する問い合わせをいただきました。今年は、3月2日から4月2日までの1ヶ月間にわたる「ひな人形供養感謝祭」を行い、数多くの方々に成田山仙台分院へ来山していただきました。また、期間中の3月11日には本堂にて「東日本大震災物故者」の御塔婆を建立して御供養をさせていただきました。
なかには、東日本大震災で被災した地元の人々だと思われる方が、展示してある津波被害にあった泥で薄汚れてしまった人形供養のおひなさまと、その人形供養感謝の手紙を照らし合わせ、涙を流しておられる方もお見受けしました。ご自身の被災された体験・・・悲しい気持ち・・・など多く重なるところもあったのだろうと思います。
今回、様々なご縁からお世話になり、人形供養を読売新聞に掲載いただいきました。 また、新聞社各位の皆様は、そこにある気持ちや込められた思いというものを記者さんの視点から、時間をかけて丁寧に拾い起こし、そしてそれを洗い上げ、記事や写真といった媒体に起こし、多くの読者にお伝えしています。供養を通し成田山仙台分院では、皆様の気持ちをお経や供物を供えて「人形供養感謝祭」としてお伝えし供養させていただております。成田山仙台分院と新聞社各位の皆様との方法や手段、また、伝達方法はまったく違いますが「思い」を受けて「伝える」ことということの根本は、記者さん、新聞社さんも人形供養も同じことなのですね。そのことを改めて感じました。
人形供養感謝祭読売新聞取材 平成24年3月4日 また、後日、読売新聞掲載の担当されておられる読売新聞社長室読者センター様より大変丁寧で達筆なお手紙をいただき、とても感激いたしました。わざわざ「・・・全国の人形愛好者に、仙台分院の名がさらに知れ渡ることを願っております。・・・」とのお手紙も送付いただき大変恐縮いたしました。ありがとうございました。以下、読売新聞記事の成田山仙台分院の人形供養関連のみ引用させていただきます。

『お答えします 読者センターから』
ひな人形の供養
『2月25日朝刊社会面で掲載した、「ひな人形供養感謝祭」としておひなさまと手紙を展示している成田山仙台分院(仙台市青葉区)の問合せ先は、022−225−8640。展示は4月2日まで。』
平成23年人形供養感謝祭の報道
人形供養感謝祭 毎日新聞平成23年03月02日(水)の毎日新聞へ掲載されました。

『正しい片付け方と処分方法』ということで取材を受け、掲載していただきました。毎日新聞仙台支局の方だと思い込んでいましたら、東京本社からわざわざいらっしゃるということで驚いてしまいました。平成23年2月に遠路から来山いただき、シーズンのだいぶ前から桃の節句に合わせ、全国で地道に取材を重ねておられるお姿がありました。
成田山仙台分院を取材対象に選ばれた理由をお聞きしたところ、人形供養感謝の手紙等を毎月紹介していて供養の様子が分かりやすく、そして供養内容が充実していること、また、取材時にお雛さま供養の撮影ができるところが他の施設等ではなかったことなどを上げていただきました。
「カビ・虫食いを防ぐ」「簡単な修理方法」「各地で供養や感謝祭」ということで東京都台東区浅草橋の十数軒がひしめく人形店、千葉県勝浦市のかつうらビックひな祭り、東京都台東区の日本人形協会などとともに成田山仙台分院を紹介していただき、紙面の四分の一がおひなさまの関連記事でした。
撮影していただいた、ずらりと並んだお雛さまの写真には「供養のために全国から届いたおひなさま」の添え書きもして、お雛さまの優美なお姿も掲載していただきました。また、後日、わざわざ掲載紙と記者さんからのメッセージも御送付していただき大変恐縮いたしました。ありがとうございました。以下、毎日新聞記事の成田山部分のみ引用させていただきます。
くらしナビ:『正しい片付け方と処分方法-ひな人形-』

『(前略)「マンション暮らしで飾るスペースがなく、手放すことにした」「見守ってくれた大切な雛人形なのに、虫食いで足や首が痛々しい」――。
不要になった人形を引き取っている大本山成田山仙台分院(仙台市、電話022-225-8640)には今、全国から雛人形が毎日のように届く。人形と共に届く手紙には、引越ししたりして、手放さざる得なくなった事情がつづられている。副住職の玲樹さんは「住宅事情を反映してか、最近はお内裏様とお雛様だけを残し、三人官女など団飾を送ってくる人が目立つ」と説明する。
分院では送られた人形を供養し、お焚き上げする。供養料はみかん箱1箱で3000円。6日まで、届いた人形約1000体以上を一般向けに展示している。こうした供養や感謝祭を行う神社や寺は全国にある。ただし、分院のように常時受け付ける施設は少なく、期間限定が一般的だ。(以下略)』
雛人形の豆知識
普通、お内裏さま、お雛さまと呼ばれている内裏びなですが、内裏雛とは男雛と女雛一対をいいます。「うれしい雛祭り」の歌詞が「お内裏さまとお雛さま・・・」となっているので、お内裏さま、お雛さまと呼ばれるようになりましたが、それは正式な呼び方ではありません。「うれしい雛祭り」の歌詞者サトウハチロー氏は後になってその間違いに気付いたそうですが、ここまでに広まった「うれしい雛祭り」ですので、訂正しようにも「あとの祭り」になってしまいました。氏も後々まで後悔したそうです。
お雛さまの並び方で、現在お内裏さまが右(向かって左)、お雛さまが左(向かって右)に並べるのが一般的ですが、昔はお内裏さまが左、お雛さまが右でした。それは左のほうが位が高かったのです。大臣でいえば、左大臣が右大臣より位が上で、明治天皇までは、天皇が左、皇后が右に並んでいました。西洋では右が位が高いとされています。明治時代の文明開化による西洋化の影響で、大正天皇は右、皇后が左に並ぶようになり、それ以来、昭和、平成と続いています。
平成23年3月3日人形供養祭NHKニュース内報道

人形供養感謝祭の当日は、NHK仙台放送局のレポーターの方とカメラマンの方が取材に成田山に来山して下さいました。人形供養感謝祭では、1000体以上のおひなさま、240人の園児達、引率の先生40名余り、成田山職員奉仕者ボランテイア15名ほどでゴタゴタ、ワーワーしており、会場は満員電車のように、すし詰め状態でした。
100畳の広間のうち30畳ほどが1000体以上のおひなさまたちで埋まり、残りの70畳に保育園児たちと付き添いの先生300名ほどひしめきあいましたから、本当に芋の子を洗う状態で、レポーターの方も、かきわけ、かきわけ、そしてまた、かきわけ・・・という状況下での取材でした。
このような状態でしたので、テレビカメラを充分操作できるようなスペースもあまりなかったのではないか、いやスペースすらなかったと思います。そのような状況のもとで、園児達やおひなさまが美しくに映るようにと、カメラマン、カメラアシスタントの方々は、カメラ三脚を設置するために寒い廊下に出られたり、祭壇正面のわずかな隙間に回り込まれたり、桃の節句とはいっても、春まだ浅く寒い屋外のベランダ窓から撮影されたりと大変工夫されて撮影されておられました。悪条件のなかでも、供養祭の様子をよどみなく撮影されている姿を拝見して、さすがプロのテレビカメラマンはすごいなーと大変感心させられました。
その後、楽しみにして、NHK仙台放送局のテレビ放映を待っていたところ、昼・夕方・夜のNHKテレビニュースで数回もテレビ放映されました。全国版の部分でもテレビ放映していただいたようで、遠方にいらっしゃられる檀信徒の皆様からも「NHKテレビニュースで、成田山仙台分院の、ひな人形供養感謝祭を見ました。」「保育園児たちを招いて、にぎやかな供養感謝祭でしたね。」などといった電話やメールがあり、また、県内外等一般の方からの、人形供養やおひなさまの展示についての問い合わせ等もかなり多くありました。テレビニュースはたいへん綺麗に編集されてあって、NHKプロカメラマンの撮影技術、レポーターの取材、それに局の編集技術の賜物だと感謝いたしております。寒いなか、誠にありがとうございました。またレポーターの方も狭い中をかきわけ取材してくださいました。どのような条件でも取材できるのは、さすがプロのレポーターだなーと、これまた感心すること、しきりでした。

桃の節句の3日、仙台市の寺では、使われなくなった1000体余りのひな人形を供養する催しが開かれました。仙台市青葉区にある成田山仙台分院は、使われなくなった人形の供養を受け付けており、おととしからは桃の節句に合わせて、ひな人形を供養しています。3日は全国から寄せられた1000体を超えるひな人形が祭壇に飾られ、近くの保育園児などおよそ240人も加わって供養が行われました。
子どもたちは歌を歌ったり、ずらりと並んだ人形を眺めたりして、ひな祭りの雰囲気を楽しんでいました。
副住職の玲樹さんは「人形の最後の晴れ舞台として、たくさんの人に見てもらうことが供養になると思います。子どもたちには感謝の心と、物を大切にする心を伝えたいです。」と話していました。供養が済んだひな人形は順次、燃やされるということです。
人形供養感謝祭ミヤギテレビ 平成23年3月3日
人形供養感謝祭が平成23年3月3日にミヤギテレビで報道されました。当日は、宮城テレビ報道制作局アナウンス部のアナウンサーとテレビカメラマンの方々が取材に訪れて下さいました。

雛人形供養感謝祭参加保育園12保育園は@ぷらむ保育園A愛子つぼみ保育園B保育所ふぁみーゆCちびっこうさぎ保育園D長町自由の星保育園Eマザーズサンプラザ保育園F春日町マザーズチャイルドセンターG保育所ちびっこランド泉中央園H仙台ラピア保育園Iとみざわ保育園J富沢わかば保育園K小羊園で合計234名の保育園児たちを中心にテレビ撮影していただき、たくさんの笑顔と喜んでいる姿を、撮影していただきました。
テレビカメラを目の前にしてのアナウンサーからのインタビューで保育園児たちもだいぶ緊張していたようでしたが、しばらくすると慣れてハキハキと受け応えしていました。
保育園によって、色ちがいのカラー帽子姿で座っている保育園児や、人形供養感謝祭の最中には、目をつぶって一緒に合掌して真剣にお祈りしている園児たちのかわいらしく愛らしい姿をテレビカメラで撮影していただきました。また、雛あられを、ひとりひとりに渡すのに、園児たちの人数の多いこともあって、だいぶ時間がかかってしまったのですが、園児たちの嬉しそうにはしゃぐ姿もあって、放送を拝見していて、私たちも大変嬉しかったです。
保育園児たちや先生がたは、自宅や保育園内でテレビ放送を見たそうで、とても喜んでおられました。また、後日、宮城テレビ報道制作局アナウンス部の方より「先日はお忙しい所、人形供養感謝祭取材のご対応をありがとうございました。あんなにズラリとならんだおひなさまを見たのははじめてで、取材しながら驚きました。今後ともよろしくおねがいします。」といった丁寧なお手紙を頂戴いたしまして恐縮いたしました。こちらのほうこそ、たいへんありがとうございました。
以下、ミヤギテレビ報道時の概要を引用させていただきます。
園児たちが雛人形に「ありがとう」

『仙台市青葉区の成田山仙台分院は、全国から寄せられた人形の供養を行っている。桃の節句のきょうは、全国から寄せられたおよそ1000体の雛人形を祭壇に飾った。仙台市と利府町の保育園児240人集まり、雛人形に「ありがとう」と供養と感謝の気持ちを伝えた。』
人形供養感謝祭終了後、保育園児たちは成田山会館の屋上の展望台で、日本一高いといわれる不動明王大仏前で祈念撮影をしました。中には、なかなか記念撮影の列に並んでくれない園児もいて、先生は、てんてこまいで本当に大変そうでした。記念撮影終了後は、供養感謝祭の会場にセッティングされたテーブルで、1000体のお雛さまたちを前にしての、お昼のお弁当でした。この日のために園児のお母さんが腕によりをかけたのでしょう、アンパンマンを描いたアニメマンガ調のお弁当などなど色とりどりの思わず楽しくなるお弁当でした。保育園のお友だちと、いっしょに楽しい昼食のひと時をすごされました。保育園への帰りのバスの中から、みんな一斉に「ありがとうございました。」と言う園児たちのかわいらしい元気な声に、見送りに出ていた私たちも大変になごまされ、励まされました。

河北新報社編集局写真部の方が、平成23年度の人形供養感謝祭の取材に3月2日においでくださいました。河北新報社編集局写真部ということですから、写真専門のプロフェッショナルなのでしょうね。室内撮影用スピードライトをわざわざ持参されたとのことで、さすがだなーと思いました。寺社仏閣内部はあまり明るくなく、どちらかといえば暗いという印象があると思います。
成田山仙台分院のひな人形供養感謝祭の、祭壇のある大広間も、その例にもれず、照明をすべてつけて明るくしたつもりでも、なかなかきれいに写真撮影できるくらいには、明るくなりません。
そのため、室内撮影用スピードライトをカメラとは別に準備されて、担いで会場に入られました。
また、一眼レフカメラの交換レンズもたくさんお持ちになり、レンズを取替え取替え、熱心に撮影していただきました。ひな人形たちに直接スピードライトの光をあてたり、バウンスで間接的にスピードライトの光をあてたりして照明の方向を変えたり、フィルターやホワイトバランスも変えながらいろいろな雰囲気や色合いの写真を撮影されたようです。プロ用の大型デジタル一眼レフカメラを手にして供養感謝祭会場を長時間にわたって撮影されておられましたので、供養のために並べられたおひなさまたちも、慣れないモデルのように大変緊張したのではないかと思いました。
河北新報の記者さんの素晴らしいプロの撮影技術のおかげで、綺麗で大変素敵な写真を撮っていただき記事にしていただきました。当日の新聞記事掲載写真には「供養のために全国から届いた約1000体のひな人形」という添え書きもあり、全面におひなさま、供養の写真が掲載されていました。その河北新報の記事(掲載写真)を見たのでしょう。河北新報掲載後に大変な反応がありました。一般の拝観の方はもちろんですが、週末にはアマチュア写真のグループや個人の方で写真に凝っている方がデジタル一眼レフカメラや交換レンズを持って撮影に来られ、一時、供養会場は写真撮影会場のようなにぎやかさとなりました。
「(河北新報の)記事を見て成田山にはじめて来たよ。」「1000体のおひなさま、これは、すごい!」「(ひな人形供養1000体の展示は)毎年やっているの?来年は孫も連れて来るね。」等など様々な地元ならではの大きい反響があり大変嬉しかったです。忙しい中を、取材にわざわざお越しいただきました記者さま、掲載していただいた河北新報さま、大変ありがとうございました。
以下に河北新報掲載記事全文引用させていただきます
ひな人形1000体、最後の晴れ姿 供養前に一般公開 仙台・成田山国分寺

桃の節句にちなみ、仙台市青葉区の成田山国分寺で6日まで、供養のために引き取ったひな人形約1000体が一般公開されている。入場無料。 寺には、引っ越しなどの事情で手放さざるを得なくなったひな人形が全国から届けられる。美しい姿をもう一度見てもらうことが人形にとっての供養になるだろうと、昨年から、ひな祭りシーズンに展示を始めた。
副住職の玲樹さん(34)は「人形にとっては最後の晴れ舞台。うれしいひな祭りにしてあげたい」と話していた。

人形供養感謝祭を河北Weekly仙台のクチコミ情報に掲載いただきました。河北Weekly仙台は、河北新報に折込まれているミニ情報誌の媒体ですが、季節行事から読者が気になることなどカラーでわかりやすく紹介されていて、毎週楽しみにしている読者も多くおられるようです。(こういう私も欠かさずに河北Weekly仙台を読んでいます。後々役に立つだろう、今すぐに使えるなどと、切り抜いて大切に保存している記事もあります。)
この、河北Weekly仙台の最後のページに「クチコミ情報」というコーナーがあります。教えます、教えて等のQ&Aのコーナーやサークルや愛好会などの会員募集コーナー等など、いろいろたくさんのジャンルの宮城県内や仙台市内の気になる情報が掲載されているコーナーなのです。
河北Weekly仙台「クチコミ情報」は主に読者同士の投稿による情報なのですが、今回は、わざわざ河北Weekly仙台の編集部の方から「人形供養について読者から問合せがあって読者回答に成田山の人形供養の情報がありました。人形供養について成田山を掲載させていただいても宜しいですか?」と事前連絡があったそうです。
このような情報誌は、情報の対象箇所に連絡なしにそのまま掲載するものだろうと思っていたのですが、河北Weekly仙台の編集部の方は、とても丁寧に、確実な情報でコーナーを作っておられるのですね。あらためて河北Weekly仙台の読者に対して正確な情報を提供する紙面への誠実さを感じさせられました。
人形供養感謝祭河北Weekly取材 平成23年10月10日 回答いただいた方が東日本大震災での津波によって甚大な被害を被られた多賀城市の方でした。多賀城市といえば、東日本大震災では、私の友人も仙台新港付近を車で走行中に津波に遭い、車ごと流されました。そのとき友人はとっさに車から抜け出し、車の屋根にしがみついたそうです。車をブギーボードとかサーフボードのようにして流れに乗ったそうです。車は津波で流された障害物にあちらこちら激しくぶつかりましたが、車に守られて怪我ひとつなかったそうです。仙台新港付近から内陸のJR仙石線多賀城駅付近まで流され、奇跡的に助かりました。もし車から抜け出し車の屋根にしがみつけなかったら、この奇跡はなかったでしょう。
今回の東日本大震災に際して、津波に浸かったおひなさま・ぬいぐるみ・こいのぼりなど多くの思い出とともに半乾きの状態で持ち込まれたり、泥のかぶった人形がビニール袋とダンボールで包まれて供養のために送られてきたりしたのが多賀城市近辺からが大変に多かった記憶ががよみがえりました。もしかしたら、お答えいただいた方も、人形供養で成田山とのご縁のある方かもしれませんね。質問していただいた仙台市泉区のともちゃんさん、ご回答いただいた多賀城市の桜井さん、掲載していただいた河北Weekly仙台の編集部のみなさん、ほんとうにありがとうございました。
以下、記事全文引用になります。
節句人形を供養して納められるお寺や神社をお探しの泉区・ともちゃんさんへ ⇒ 「大本山成田山仙台分院」で郵送や持ち込みで供養(焼納)を受け付けているそうです。問い合わせてみてはいかがでしょうか
(多賀城市・桜井)
- 申込・問合せ/大本山成田山仙台分院(青葉区川内亀岡)
- 電話022−225−8640
- 費用/段ボール(高さ35cm×奥行き35cm×幅40cm)
1杯を単位として3000円(郵送の場合は送料自己負担)
人形供養に参列する場合は5000円(HP)
郵送の場合は、HPからか電話で事前の申込みが必要とのこと。
詳細はHPで確認を。

平成23年3月3日の1000体のお雛さまと100人の園児 雛人形供養感謝祭の感謝のお手紙をいただきました。
3月16日に1通の封書が到着しました。
愛子つぼみ保育園の先生方、園児のお友達の皆様から平成23年3月3日の1000体のお雛さまと100人の園児 雛人形供養感謝祭の感謝のお手紙をいただきましたので、紹介させていただきたいと思います。ちょうど、東日本大震災が3月11日に発生しそのお手紙が3月16日に到着しました。通常は投函日から3日後程度で配達されるのですが、この未曾有の大震災の発生直後にもかかわらず、投函日からわずか5日後に配達されたのです。
このような状態で仙台中央郵便局の方が来てくれることは本当に驚きでした。本当にガソリンがない状態だったのです。さすがは郵便局、燃料を備蓄しているのだなと思ったものですが、後日聞きましたら、このような状態で仙台中央郵便局内にあったありとあらゆるガソリンをかき集めて(使用していないスクーターからもかき集め)「郵便物を届ける」という使命感から配達していたとのことでした。
郵便物の消印が23年3月11日でしたので、震災発生前にポストへ投函されたものと思われます。通常、同じ仙台市内であれば翌日や翌々日に到着するのですが、5日かかってこのお手紙達が到着したことになります。この手紙が到着したときは、まだ電気も通じず、電話も通じず、水道も通じず、ガスはいつになるかわからない・・・となにもかもめちゃめちゃで片付けや貯めた雨水でそうじしたりと明けくれていた時だったので、本当に先生方、園児の方からの手紙に暖かい気持ちになりました。すぐに、雛人形供養感謝祭の会場のおひなさまたちの御宝前にお供えし園児のみなさんからのお気持ちをお伝えしました。
それと同時に、当日人形供養感謝祭に参加された園児のみなさん、先生方の無事を祈りながら、また後片付けに戻りました。
そして、このようなお手紙を頂戴し、来年も同様に開催できるように成田山仙台分院としてもがんばっていきたいと気持ちを新たに致しました。また、その頃には仙台、宮城、東北の各地域も少しでも落着き、みなさまの復興ならびにお心が少しでもお安らかになられているように祈っております。 合掌 愛子つぼみ保育園から雛人形供養感謝祭感謝のお手紙
仙台市青葉区川内亀岡 大本山成田山仙台分院 様
先日は、送迎並びに御みやげまで頂き、誠に有難うございました。
子供たちは、雛人形の多さに驚き、また副住職さんの有難いお言葉も頂き、子供たちもいつもと違う感動を受けたと思います。
子供たちには、楽しく新たな経験をさせて頂き、保護者の方々と共に感謝申し上げたいと思います。
本当にありがとうございました。園に帰って、子供たちはお礼のお手紙を書きました。字の書けないお友達は絵を書きました。楽しかった様子が書けています。是非ご覧下さい。
愛子つぼみ保育園 職員一同
(消印平成23年3月11日・配達16日)
幼いお友達は、おひなさまの絵を描いて下さいました。また高学年のお友達は絵に文章も添えて描いていただきました。下記、お友達からいただきました人形供養感謝祭の御礼の手紙の文章部分のみ抜粋させていただきました。

3がつのひはありがとうございました。
ひなまつりとてもたのしかったです。
おしょうさんありがとうございます。
おしょうさんとてもたのしかったです。
ありがとうございます。
いっきゅうさんありがとうございます。
Yより

ひなにんぎょうがきれいでした。
Kより

ひなまつりのとき、きかせてくれてありがとう。
Rより

とてもたのしかったです。
ひなまつりまたいきたいです。
ありがとうございました。
いっきゅうさんにひなあられもらった。
Kより

ひなまつり
たのしかったです。
Hより

ひなあられおいしかったよ。
ありがとう。
Yより

ひなあられ
おいしかったよ。
Rより
平成22年人形供養感謝祭の報道
人形供養感謝祭貸切バスで到着する元気な保育園児たちを迎えるため、駐車場で待機していました。吹きつける風は、まだまだ冷たいのですが、「今年も人形供養感謝祭の季節がやってきたのだなー、いよいよ、これからが春の始まりなのだ!」と、ふと季節感に浸ります。バスが到着して、下車した保育園児たちは二人一組で手をつないで、寺の境内を通りぬけ、人形供養感謝祭の会場である成田山会館の大広間に案内されると、遠足気分のように大変嬉しいようで、なかなか、すみやかに列にならんではくれませんでした。先生方は、もう大変です。それでも、すこしたって、人形供養感謝祭の開式になると、おごそかな雰囲気がただようなか、保育園児たちも神妙な面持ちで、副住職の園児向けの法話に、耳を傾けていました。人形供養感謝祭の読経が始まると、園児たちは目をつぶって合掌し、副住職の法話で聴いたように、読経がすんでから、元気で大きい声で「ありがとう!」を言って、人形への感謝の気持ちを伝えました。人形供養感謝祭が終了してから、着ぐるみの和尚さん、一休さんから、ひなあられを一人一人いただくときには、保育園児たちは、普段のあどけない表情で、満面の笑顔で、その喜びを伝えてくれました。そして、その後、記念写真撮影なのですが、人形供養感謝祭が終了するまでが、少し長い時間がかかったので、まずはトイレです。トイレ前には長蛇の列ができ、記念写真撮影のために、なかなか集合できませんでした。やっと保育園児たち全員が集合できて、成田山会館の日本一高い不動明王大仏が鎮座する屋上展望台での記念写真撮影では、屋上に着いた途端に保育園児たちは、お不動さまの形相に大変怖がっていましたが、次第に慣れてくると、いつもの園児たちの明るい笑顔で、先生方といっしょに、記念撮影をすることができました。昼食会場で、保育園児たちは、お母さんの工夫を凝らした、彩りのあるバラエティー豊かなお弁当を、得意げに、先生や他の園児たちにも見せていました。アニメキャラクターをおかずでかたどった弁当など・・・、本当にお母さんのお弁当が世界一なのでしょう。さぞかしお母さんも子供がかわいくってしかたないのでしょうね。帰りのバスに乗り込むまえに保育園児たちからいっせいに「ありがとう」と元気いっぱいに言われたときには、こちらのほうが感謝感激でした。保育園の先生方、大変おつかれさまでした。また来年の桃の節句にもお待ちしております。
人形供養感謝祭の様子 今年の3月は去年より3組多い、あわせて7組の保育園の園児たちを無料招待しました。当日、二階の会場広間は元気いっぱいの園児たちに埋め尽くされました。
保育園の先生と小さな園児たちも副住職のご法話に真剣に耳をかたむいて、手を合わせて一生懸命お祈りしていました。
最後には当山の一休さんより園児たちにひな菓子をプレゼントさせていただきました。 日時 平成22年(2010年)3月3日(水曜日)10:00ごろより
場所 宮城県仙台市大本山成田山仙台分院 2階大広間 平成22年参加される保育園
- 春日町マザーズチャイルドセンター
- ハッピールーム
- ちびっこうさぎ
- 保育所ふぁみーゆ
- バンビの森
- 長町自由の星
- 星の子保育園






⇒ 成田山より
桃の節句恒例の、成田山仙台分院の人形供養感謝祭では、かわいらしい保育園児たちの姿をテレビカメラに収めようと、各テレビ局のカメラマンさんたちが、持ち前の卓越したカメラワークを発揮していました。各局のテレビ放映を拝見いたしましたが、どの局も甲乙つけがたいくらいに、すばらしい映像とレポートでした。成田山仙台分院の人形供養感謝祭を取材いただきましたカメラマン、レポーター、カメラアシシタントの皆様方に、また、表には出ないのですが番組を編集していただきましたテレビ局のスタッフの方々にも深く感謝いたします。このような、すばらしい感動は、保育園の先生方、取材スタッフ、放送局の編集スタッフの皆様のおかげだと考えております。たくさんの「おかげさま」があって感動が生まれるのです。この「おかげさま」の言葉に深い感謝の心が込められているのです。 合掌
桃の節句、春の雛祭りに開催される成田山仙台分院の人形供養感謝祭の期間中、成田山会館1Fロビー、および会議場において、江戸時代から昭和のお雛さまを展示公開しています。入場料は無料です。展示されているお雛さまには、その時代時代、それぞれの歴史背景を、うかがい知ることができます。贅をつくした元禄びなや享保びな、享保の禁制で、贅沢で大きいお雛さまが禁止されたことで流行した小さくて精巧な芥子びななど、たいへん興味深くごらんいただけると存知ます。成田山仙台分院人形供養感謝祭が、取材を受けて、新聞などのマスコミに掲載されたおかげで、アマチュアカメラマン、セミプロ、プロの写真家の方々も大挙して訪れてくださいました。マスコミの影響はたいしたものだなーと、あらためて感心しました。「雛人形の歴史」の江戸時代から昭和の雛人形展示会場には、写真家の方々以外の方も大勢いらっしゃって、それぞれにお雛さまの説明を記したパネルに見入っておられました。お雛さまを季節の風物詩として、暗く寒いそして長い冬が終わり、暖かく明るい桃色に彩られた春の訪れを、皆様が満喫されておられる様子でした。「雛人形の歴史」で供養の後に公開されるお雛さまは、毎年少しずつ増えております。ですから、また来年の成田山仙台分院人形供養感謝祭の期間中に、おいでいただいた際には、きっと、また新しい発見があるかと存じます。人形供養のために、歴史的に価値あるお雛さまをお送りいただいた方々に、深く感謝申し上げます。人形供養感謝祭「雛人形の歴史」会場に展示され、多くの方々にごらんいただいて、お雛さまたちも喜んでいるようです。
人形供養感謝祭(平成22年)東日本放送報道
3月3日の東日本放送にて供養感謝祭の様子が放送されました
3日は県内の保育園からおよそ200人の園児が招待され、ひな人形の供養際が行われました。この行事は役目を終えたひな人形に感謝すると共に、最後の晴れ姿を子供たちに見てもらって供養しようと昨年から行われています。集められたひな人形は仙台分院でお焚き上げされるということです。




平成22年2月27日〜3月7日まで1階と2階でお雛さまの特別展覧を開催しました。
今年から、1000体のお雛さまが一般公開されております。
どなたにも無料にて開放しておりますので、ぜひお誘い合わせの上ご鑑賞ください。
また1階ロビーでは「雛人形の歴史」展示コーナーを設置しており、元禄びなから現代びなまでたくさん陳列されています。
江戸時代、明治時代の大変珍しいお雛さまをご覧いただけますので、ぜひおまいりください。




⇒ 成田山より
立春がすぎましたが、まだまだ寒さが厳しいこのごろです。それでも、日本全国から、ちらほらと春の便りが届いてきます。成田山仙台分院では桃の節句の人形供養感謝祭期間中の特別展示「雛人形の歴史」を開催しております。近年の核家族化や少子化の影響で、住宅が狭くなっているのが実情です。わが国の、
初節句とは、赤ちゃんが始めて迎える節句のことをいい、女の子なら三月三日の桃の節句、男の子なら五月五日の端午の節句に祝います。初節句には、母方の親や近しい親戚などから、ひな人形や鯉のぼりなどを贈る風習がありますが、必ずしも贈らなければならないものでもありませんし、まして、おひなさま一式や、鯉のぼりに武者人形を一揃い、そろえて贈らなければいけないものでもありません。初節句に人形などを贈ろうと思うのは、親しい間柄でしょうから、先方の希望を聞いて品物を選ぶようにすると、先方の手持ちの物や、ほかの人からの贈り物とダブる心配もないでしょう。贈る場合は、「御祝」と表書きをして、おそくとも。節句の一週間前には着くように手配し、花は前日に届けます。当日は、祖父母や親戚、親しい人たちを招いてお祝いをします。桃の節句なら、はまぐりのお吸い物やちらしずし、端午の節句なら、ちまきや柏餅を食べて、赤ちゃんの健康と成長を願います。
すくすくと成長し、成田山仙台分院での人形供養感謝祭に招待された保育園児たちは、感謝祭の最後に、ひなあられを配られ、緊張感が解きほぐされたのか、普段の園児たちの姿に戻って、保育園のお友達との楽しい会話にはずんでいました。それからは、成田山会館屋上の不動明王大仏像前での記念撮影です。記念撮影のとき保育園の先生方は園児たちを整列させるのに、たいへん苦労されていました。そして「はいチーズ」の掛け声でシャッターを切っていました。それはきっと思いで深い写真になることでしょう。なかには保育園専属のカメラマンが同行している保育園もありました。記念撮影のあとは、いよいよ保育園児たち待望のうれしいうれしい昼食です。昼食会場では、お母さん方の愛情がいっぱいにつまった弁当を美味しそうにほおばっていました。成田山仙台分院の人形供養感謝祭の想い出とともに保育園児が健やかに成長されることをいのります。
3月3日の東北放送にて供養感謝祭の様子が放送されました
桃の節句の3日、仙台市内の寺では保育園児を招待して、ひな人形の供養が行われました。この「ひな人形供養」は、仙台市青葉区の成田山仙台分院が毎年行っているもので、今年はしない4つの保育園から園児およそ200人が招待されました。
寺の祭壇には、全国から送られたおよそ1000体のひな人形と保育園で使われていた古くなったぬいぐるみ等が置かれ、住職らが読経をして供養しました。その後、園児たちには桃の節句を祝い「ひなあられ」が配られました。
供養されたひな人形とぬいぐるみは後日、お焚き上げされることになっています。




人形供養感謝祭 境内見学
二階での感謝祭終了後に、保育園のみなさんは、屋上の展望台で記念撮影をされました。
保育園児たちは、屋上の展望台にある大きなお不動さまにたいへん驚ろいたようすです。
記念撮影のあとは、境内で昼食会が開かれ、園児たちは、お母さん手作りのお弁当を広げて楽しいひと時を過ごしておりました。
また、保育園児たちがこの日のために、牛乳パックや折り紙で作ったひな人形を披露してくれます。たいへんありがとうございます。おひなさま達もきっと喜んでいることでしょう。





⇒ 成田山より
人形供養感謝祭、記念撮影のあとの昼食での保育園児たちのアンパンマン弁当、ハート模様弁当、新幹線型弁当など等、園児たちのお母さん方の愛情のこもった創意工夫にあふれて、それぞれに、おいしそうで楽しくなるお弁当でした。園児たちの昼食を拝見している私たちも嬉しくなりました。両親の深い愛情にめぐまれて、スクスクと育ってほしいと思います。キット保育園児たちは今回の感謝祭で、感謝の気持ちの大切さを、いくらかは身につけられたことでしょう。人形に対する感謝の気持ちが、ひいては両親に対する感謝の心になってゆくのです。家族への感謝の心が基本です。その感謝の心が、世界中に広がり平和で明るい世の中になることを祈念します。 合掌
雛祭りは、桃の節句ともいわれ、女の子の成長と、幸せを祈る行事です。本来は、わらや紙で作った人形を川に流して、厄を払うものでしたが、最近はお雛さまを飾って祝う形が主流になっています。お雛さまは、妻の実家の両親が女の子の孫の初節句に贈る習わしになっている地域が多いものです。人形には衣装人形と木目込み人形の二種類があります。また飾り方には大きく分けて段飾りと親王飾りがあります。豪華な段飾りが主流ですが、最近の住宅事情から、場所をとらない親王飾りも人気があります。お雛さまには、白酒、ひし餅、雛あられを飾り、雛祭りの日は、そのほか、ちらしずしと、はまぐりのお吸い物で祝うのが一般的です。最近は、ケーキで洋風に祝うことも多くなっています。雛人形の段飾りには、江戸風と京風があります。江戸風では、五段飾りと七段飾りがあります。内裏様は、向かって左が男びな、右が女びなですが、地域によっては逆になります。京風では、二段の御殿飾りで、男びなが右に、女びなが左になります。節句の1〜2週間前に飾りつけます。前日に飾る一夜飾りは、避けるしきたりがあります。はやめに飾るのが無難です。また、節句が終わったら、すぐ片付けないと、縁遠くなるといわれています。 成田山仙台分院の人形供養感謝祭に、今年もまた各テレビ局の取材スタッフの方々に訪れていただきました。開式の1時間以上前から、テレビカメラのセッティングやレポーターを交えての供養感謝祭収録進行の打ち合わせに余念がありませんでした。まるで各局が競い合っているかのようでした。人形供養感謝祭が始まってからの各局のカメラマン、カメラアシスタントの機敏なカメラワークの動きは言葉につくしがたいくらいにスピーディーでした。また感謝祭終了後の保育園児たちへのインタビューでのレポーターの進行が非常にスムーズなのが印象的でした。保育園児たちが緊張しないようにとの気遣いも感じられます。各局それぞれにすばらしいテレビ放映になるだろうと、おおいに期待感が高まりました。足の踏み場のないような混雑の中での取材、スタッフの皆様、大変お疲れ様でした
人形供養感謝祭(平成22年)仙台放送3月3日の仙台放送にて供養感謝祭の様子が放送されました


3月3日は「桃の節句」、「ひな祭り」です。不要となった「ひな人形」を前に感謝の気持ちを込めて祈る「ひな人形供養」が、3日、青葉区の寺で行われ、200人の子供たちが参加しました。
全国から送られてきた「ひな人形」、およそ1000体。不要になった「ひな人形」を供養してもらおうと、青葉区の「成田山仙台分院」には、10年ほど前から多くの「ひな人形」が集まるようになりました。
3日の供養には、物を大切にする気持ちを持ってもらおうと、仙台市内と利府町の保育園児およそ200人が参加し、人形を前に、住職と共に感謝の気持ちを込めて祈りました。1000体の「ひな人形」は、今月まで寺に展示されているということです。
1000体のお雛さま、保育園の園児たち、記者の方々などとてもにぎわっており、二階の広間がたいへん混み合いました。
その日のようすは当日夕方の地方ニュースで放送されました。
園児たち、記者の方々、おつかれさまでした。たいへんありがとうございました。
これからもよろしくお願い申し上げます。




⇒ 成田山より
おかげさまで昨年の人形供養感謝祭のテレビ放映、新聞記事掲載により人形供養の件数がたいへん増えました。人形への供養と感謝の気持ちが家庭に社会全体に広くそして深く浸透してきたことのあらわれだと各テレビ局、新聞社、ラジオ局のスタッフのみなさまに感謝申しあげます。保育園児たちの家庭において、家族全員でテレビ放映を楽しんでいる光景が目に浮かびます。成田山仙台分院の人形供養感謝祭で、報道取材をうけたことや、家族団らんで、そのテレビ放映を楽しんだことは、保育園児たちにとって、幼少時代の忘れられない想い出になることでしょう。報道機関のスタッフの方々、保育園の先生方、保育園児たちとその家族の皆様の御多幸をお祈りいたします。 合掌
平成21年人形供養感謝祭の報道
人形供養感謝祭 千体ひな壇
成田山仙台分院の人形供養感謝祭では、供養をご依頼いただいたおひなさまを千体展示して感謝の儀式を営みます。仙台の昔の地名は千体であったことから成田山では千体ひな壇としてお飾りしています。千体という昔の地名は、千体の仏像がこの地域にそれぞれ鎮座されていたからだといわれています。人形供養感謝祭会場では、ひなあられをお供えして、おひなさまに感謝の気持ちを伝えます。
ひなあられは感謝祭に参列した保育園児たちに配られます。ひなあられを手にした保育園児のかわいい笑顔に癒されます。普段保育園で元気に遊び、活発に動きまわっている園児たちも、人形供養感謝祭に参列した時だけは、神妙な顔でひな人形たちをながめています。そしておひなさまたちに感謝の気持ちを「ありがとう」の言葉で元気一杯に伝えています。その日は、テレビ、ラジオ、新聞の報道各社の取材陣の方々がいらっしゃいます。テレビカメラに向かってハキハキとインタビューに答える園児のすがたが大変ほほえましく印象的でした。インタビューが済んでから人形供養感謝祭会場屋上展望台で保育園児たちと先生方おそろいでの記念写真撮影をしました。その後、テーブルの置かれた昼食会場でのお昼ごはんです。園児たちはそれぞれにお母さんの愛がこもったお弁当を誇らしげにお友だちに見せびらかせながら食欲旺盛に食べていました。お母さんのお弁当が世界一といわんばかりでした。千体ひな壇は桃の節句期間中公開いたしております。無料でごらんいただけますので、成田山仙台分院に皆様お誘いのうえ、お気軽におこしください。職員一同ご来山をお待ちいたしております



⇒ 成田山より
成田山仙台分院で人形供養、ぬいぐるみ供養を厳修するようになって早いもので十年になります。その間、全国から送られたり、市内近郊から持ち込まれた人形やぬいぐるみは、数万体にもなります。それだけ沢山の人々が、人形やぬいぐるみに、幼い頃からの懐かしい思い出をいだき、人形やぬいぐるみに感謝し、供養を依頼されていることに、成田山として本当に喜ばしいかぎりです。また人形やぬいぐるみに添えられた人形供養感謝の手紙から、人それぞれに、状況は違っても、人形やぬいぐるみに励まされ癒されてきたことがうかがえます。人形供養をとおして、感謝しながら生活することは、「おかげさま」という仏の教えにも相通じるものなのです。仏の教えに従って人生を送ることが平安で幸せになれることです。今、世界では様々な紛争が勃発して、弱者である女性や子供たちが大勢犠牲になっています。もし世界中が「感謝」で満ちれば紛争などのような争いごとはなくなるはずです。老若男女を問わず常に感謝の心をもつことで世界が平和で明るいものになることでしょう。 合掌
平成21年3月3日の東日本放送スーパーJチャンネルで放送されました。
ずらり1000体!ひな人形を供養
「これぐらいのおひな様見たことある?−見たこと無いです!」
「何体くらいあると思う??−1000体!」
所狭しと並べられた1000体のひな人形は、この1年に北は北海道、南は九州から供養のために成田山仙台分院に持ち込まれたものです。
今日は仙台市内の保育園に通う園児およそ100人を招待して、ひな人形の供養感謝祭が行われました。
祭壇には園児が持ち寄った古くなったおもちゃや人形も飾られ、一緒に供養されました。
「お人形以外の生活にある様々なものを最後の最後まで使っていただき、それでも手放さなくてはいけなくなったときには、“ありがとう”という感謝の気持ちを忘れないでi てください」
子供たちは手を合わせて、ひな人形や思い出がつまったおもちゃの供養をしました。
そして供養の後は、一休さんなどに扮したお寺の人から、白や緑などの4色のひなあられが配られました。
ひなあられの4色は四季を表していて、1年を通して健康でいられるようにという願いが込められているといいます。 以上、スーパーJチャンネル(東日本放送)より引用。




人形供養感謝祭 お雛さま
美しいお顔のお雛さまです。
お申し込みいただいたお雛さまを感謝祭のためにお祭りしました。
参拝にくる客と誘われる保育園の園児たちがお雛さまのさまざまな表情としぐさが見られるので雛祭りを楽しめるでしょう。毎年3月3日の、お雛さまが主役の日に、1000体もお祭りされ、心なしかお顔もほころんでいます。




⇒ 成田山より
保育園児たちを招待しての成田山仙台分院の人形供養感謝祭には祭壇前に1000体以上のお雛さまを展示しました。保育園児たちは一体一体のお雛さまを注視してそれぞれの違いを言っていました。子供たちの好奇心が旺盛なのには驚かされました。またそれぞれのお雛さまの役目などを質問して先生が答えるのに困っている場面もありました。お雛さまには私たちの人間社会のように、お雛さまにはそれぞれに役割があり、その役割をもった人形が雛段に整然と飾られているのです。その時代によってお雛さまの容姿などが変化しても、いつの時代でも決して変わらないものがあります。それは子供が優しく健やかに育ってほしいと願う親の愛情です。親はお雛さまを子供の形代として、災いからのがれ、幸せになるようにと願うのです。
それは仏教でいう布施(奉仕)と慈悲の心なのです。子供が大人になって健康でしあわせであるとき、お雛さまは、その役目を終えます。そのときにこれまでの感謝の気持ちを込めておこなうのが人形供養なのです。布施(奉仕)と慈悲および感謝の心を大切にすることが幸せへの道なのです。 合掌
人形供養感謝祭 NHK
人形供養
成田山仙台分院で人形供養感謝祭がおこなわれる3月3日はひな祭り、桃の節句です。節句とは、年中行事をおこなう季節の節目のことをいいます。それでは節句にはどのようなものがあるのでしょう。
- 七草の節句
- 1月7日・・・漢名を
人日 といいます。節句の食べ物としては七草粥があります。
- 桃の節句・雛祭
- 3月3日・・・漢名を
上巳 といいます。節句の飲食物としては、ひなあられ、菱餅、白酒があります。 - 端午の節句・菖蒲の節句
- 5月5日・・・漢名を
端午 といいます。節句の飲食物としては菖蒲酒、柏餅、ちまきがあります。 七夕 - 7月7日・・・漢名を
七夕 といいます。節句の食べ物としては素麺があります。 - 菊の節句
- 9月9日・・・漢名を
重陽 といいます。節句の飲み物としては菊酒があります。
成田山仙台分院の人形供養に持ち込まれる、おひなさまや五月人形のことを節句人形といいます。
節句のことについて説明いたしましたが、成田山仙台分院では仙台市内や近郊の保育園児たちを招いて、今年の人形供養感謝祭を開催しました。会場に展示された1000体のおひなさまを見た保育園児たちの、よろこび、はしゃぐ姿は大変にほほえましいものでした。それでも先生の言うことを、よーく聞いていました。家庭や保育園でのしつけがきちんとなされているからなのでしょう。保育園児の周りの大人たちの愛情あふれるしつけが保育園児たちに行き届いているのです。保育園児たちは、会場での人形供養に関する法話も静かに聞いてくれていました。人形供養感謝祭の終了後、記念撮影のため、保育園のお友だちと2人一組で手をつないで、不動明王大仏の鎮座する屋上展望台に移動しました。記念撮影では、保育園児たちは子供モデルのようにスマイルいっぱいに写真に納まっていたようです。保育園児たちの元気一杯のようすに、私達大人がパワーをいただいたような気持ちでした。
人形供養感謝祭(平成21年)NHK
平成21年3月3日のNHKニュースで放送されました。
これは、青葉区成田山仙台分院が今年初めて行いました。
寺には、保育園の子供たち100人も招かれ、1000体のひな人形を住職と一緒くようしました。
ひな人形は全国から寺に持ち込まれたもので、三人官女や五人ばやしなどの人形が目に付きます。
寺によりますと、マンションなどに住んでいる家族が、おひな様とおだいりさまだけを残して、そのほかの人形を供養に出したのではないかということです。
子供たちは寺から配られたひなあられを手にして、ひな祭りの雰囲気を味わっていました。
「ひな人形を見るのが楽しかった」「いっぱいひな人形があるのが楽しかった」
「お父さん、お母さんには何を伝える?−可愛かった。」
と子どもたちの楽しそうな様子が伺えました。
以上、NHKニュースより引用。




人形供養感謝祭での保育園児たちの様子
当日、無料招待した100人の保育園児たちです。
また、地元の取材のテレビ局・新聞社の人たちも当山にいらっしゃいまして、撮影やインタビューをされました。
「おひなさま供養」祭りも華やかに、にぎやかに、執り行なわせていただき、お祭りされるおひなさまたちもとても満足そうです。同伴される先生達は大忙しでした。
- あすと長町こぶたの城保育園 様
- バンビの森保育園 様
- 星の子 様
- 小田原ことりのうた 様




人形供養感謝祭に参列した保育園児たちから、私たち大人はパワーと明るさをもらっているようです。ひな人形の起源は
人形供養感謝祭 宮城テレビ
人形供養報道取材
成田山仙台分院の人形供養感謝祭が数局でテレビ放送されるまでの経緯を紹介します。人形供養感謝祭を始めた当初は知名度も低く、新聞、テレビ、ラジオなどのマスコミに取材され取り上げられることがあまりありませんでした。当時、副住職は何とか1社でもマスコミに取材していただきたい一心でプレスセンターに通われたのでした。そのときの装束が何だったと想像されますか?普通でしたら僧侶の
平成21年3月3日のOH!バンデスで放送されました。
「部屋いっぱいにずらりと飾られたおひな様。その数およそ1000体もあるんです!」 青葉区川内にある成田山仙台分院には、日頃から多くの人形供養の依頼がよられます。 桃の節句の今日は、この1年に全国からよせられたひな人形を供養しようと、仙台市内の保育園児およそ100名が招待されました。 「こんなにたくさんのひな人形を見たことはありますか??−ない!」 「見てみてどう思った?−すごい!」 と、園児たちからは歓声があがっていました。 手を合わせてひな人形を供養した後は、寺院から園児にひなあられが配られました。 寺院では、供養することは感謝すること、今日の行事で優しさや思いやりを養ってほしいと話していました。 以上、OH!バンデス内の放送より引用。




NHK、宮城テレビ、東北放送、東日本放送の4社のテレビ局の取材スタッフの皆様が、当山へおいでくださいました。今回も、ありがとうございます。
テレビ局の取材を受けて、雛人形も輝いて、誇らしげにみえるでしょう。
当日、園児たちは当山の和尚さん、一休さんから雛あられをもらって、たいへん喜んでいるようです。この「雛人形」感謝祭の様子は当日夕方のニュースで放送されました。
「雛人形」感謝祭へ参加する保育園の園児のみなさん、先生や保護者の方々も「たのしい」とおっしゃってました。いつも手伝ってくれる方々、ありがとうございます。




成田山仙台分院では仏の教えを広く説くという布教活動の一環として保育園児を招待して人形供養をし、供養感謝祭を開催しています。将来を担う保育園児に、親や人形への感謝の心を持っていただきたいと考えています。報道関連の関係者の皆さまには、このような当院の趣旨をご理解いただき、ご協力いただけますようにお願いいたします。尚、取材の際には、当院として協力できることは、できるだけのことをさせていただきます。保育園児たちのかわいらしい姿にのせて感謝の心が、放送や新聞などに載せ、広まり浸透させていただけましたら幸いです。人間関係が希薄になりかけている現在にあって、ともすると感謝や慈悲などといった仏の教えのひとつひとつが忘れられようとしています。成田山仙台分院では平穏で明るい未来を築いていくためにも、末永く保育園児たちを招いての人形供養感謝祭を継続していく所存です。幼い保育園児として人形供養感謝祭に参列し感謝の心をもった子供たちの、これからの成長を願っております。将来、保育園児が大人になって人形供養感謝祭期間中に来山され幼い日の想い出に浸っていただけることを楽しみにしております。 合掌
3月3日は桃の節句ひな祭りです。
仙台市内の寺では、保育園児が招待され、ひな人形の供養が行われました。
このひな人形供養は、仙台市青葉区のの成田山仙台分院が毎年行っているもので、今年は市内4つの保育園から園児およそ100人が招待されました。
寺の祭壇には全国から送られたおよそ1000体のひな人形と、保育園で使われていた古くなった人形などが置かれ、住職らが読経て供養しました。
その後、園児たちには桃の節句を祝い、ひなあられが配られました。
供養されたひな人形とぬいぐるみは、後日お焚き上げされることになっています。 以上、Evening Newsから引用。




住所 :〒980–0845 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉33-2
電話番号:022–225–8640
FAX :022–225–8655